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小説 1−16
カクテルフレンズ・1 (社会人、フレアバーテンダー三橋)
※※この話は2013巣山誕「パフォーマー」、三橋誕「バースデー・カクテル」、七夕「カクテルに願いを」、叶誕「フローズン」、畠誕「傍観者の独り言」、日本酒の日「秋色カクテル」、クリスマス「Holy Hot Night」、2014ハロウィン「カクテルモンスター」、2015バレンタイン「My Sweet」、155万打キリリク「ルーキーズフレア」、「お祝いカクテル」 の続編になります。


 ウォッカベースのカクテルは幾つもある。
 定番中の定番ソルティドッグ、飲みやすくて酔いやすいスクリュードライバー、夏の海で飲みてぇブルー・ラグーン、コーヒー風味のブラック・ルシアン……。
 中でも最近、オレが食傷気味に思ってんのは、ジプシーだ。
 オレの視線から隠れるように、D・O・Mってラベルの貼られた黒い瓶が、三橋の背中越しにくるりと回る。
 あっ、と思う間もなくジャッと注がれる薬草酒。
 銀カップがぽんと放られて輝く陰で、ビッと鋭く足される苦み酒。
 大小の銀カップを上下に合わせたシェイカーを振る様子は、何度見ても格好いい。
 可愛い。
 エロい。けど。

「ジプシー、です。どーぞ」
 するっと音もなく目の前に置かれたカクテルを見て、はああー、とため息をつくしかなかった。
 しばしの別れ、ってカクテル言葉を持つジプシーは、オレに退店を促す合図だ。もう帰れ、って。ズバッと言われんのもショックだけど、さり気に促されんのも辛い。
 あと、嫌いな味じゃねぇけどさすがに飽きた。
「チェンジで」
 ぼそっと目の前のバーテンダーに告げると、むうっとした顔で睨まれた。
 デカい目でじとっと睨まれ、思わず怯んだ一瞬の隙に、カウンター内のバーテンダーの位置が入れ替わる。
 三橋の同僚で、タンデムフレアの相棒、叶だ。

「OK、チェンジだな」
「そうじゃねーよ!」
 オレがチェンジして欲しかったのは、バーテンダーじゃなくてカクテルだ。絶対分かってやってんだろ、お前ら!?
「……帰りたくねぇ」
 再びぼそっと呟くと、「いや、帰れよ」ってズバッと言われた。
「なんでだよ、客だぞ」
「そうだっけ」
 オレのボヤキに、ニヤリと返される返事。ムカつく半面、身内に入れられてるみてぇで割と嬉しい。
 けど、遠慮なく追い出されんのは嬉しくなかった。

 うだうだしながらも、食傷気味のジプシーに口をつける。
 すっかり慣れてしまった独特の香りに、独特の風味。薬草酒ってだけで、健康にイイもの飲んでる気分になる。
 つってもウォッカベースだし、アルコールとしては結構強い。
「もお、阿部君。明日も仕事、でしょー」
 愛する三橋にたしなめられれば、「おー」って素直に認めるしかなかった。
 金曜の夜だっつーのに、明日も仕事があるなんて、信じらんねぇけど事実だ。ここのところ、毎週のように休日出勤が増えてんのも事実だ。
 まあその分、時々遅く出社する感じで調整してはくれてるけど。それでプラマイゼロだとは納得したくなかった。
「増員頼んでるから」
 って上司は言ってたけど、先輩らに言わせると「ビミョー」らしーし、期待はしねぇ方がいいんだろう。
 つまり、当分このクソ忙しい状況は続きそうで、げんなりしかなかった。


 三橋の働くフレアバーから、オレらの住むアパートまでは幸いそんなに遠くねぇ。
 バーの閉店する夜中の2時過ぎにはしーんと静まり返ってる帰り道も、まだまだ街明かりに照らされてて、人通りも皆無じゃなかった。
 まあ、終電だってまだだし、金曜だし。夜はまだまだこれからだよな。
 はあ、とため息をつきながら夜道を歩くと、間もなく街灯でピンクに照らされたオレらのアパートが見えて来た。
 玄関前の植え込みに置かれた石看板に書かれてんのは、「Villa pêche」っていうフランス語。ヴィラペッシェ、直訳すると桃別荘ってのが、オレらのアパートの名称だった。
 カナダの輸入住宅だっつーのに、フランス語。なんでかと思ったけど、カナダはフランス語も公用語の1つらしくて、国民の2割が英語もフランス語もどっちも喋れるんだとか。
 2割って少ないようにも思うけど、日本と比べると、いや多いよなって気もする。
 ヴィラって単語はアパート名としてたまに聞くけど、ペッシェって単語は初めて知った。

 ただ、桃のリキュールってのはそんな珍しくもねぇらしい。クレーム・ド・ペシェとか、三橋の店にも定番で置いてる酒だったらしくて、みんな知ってて驚いた。
 そんな話題が出た時に、「これとか、どう?」って、パパッとカクテル作って飲ませてくれるのが、ちょっと嬉しい。
 恋人がバーテンダーだと、こういうやり取りも洒落てていいよなと思う。
「おっ、ピーチウーロンか。ピーチアイスティもいいんじゃね?」
 とか。
「もうちょっと辛めで炭酸にできたらいいんだけどな」
 とか。
 「阿部の好みはどうよ?」なんて訊かれつつ、カクテル談義に混ぜて貰うのも楽しめた。
 ホントなら今日だって、そういう空気感を味わいながら閉店までカウンターに居座って、そのまま恋人と一緒にいちゃいちゃと夜道を歩きつつ、2人の家に帰れたのに。なんで明日も仕事なんだろう?

 木製のドアを開け、暗い部屋にぽちぽちと明かりを点けながら、ダイニングに入ってため息を1つ。
 オレ1人の夜の新居は、天井が高くて広い分、ほんの少し寂しい。
 さっきまで音楽のガンガンかかってたバーにいたから、余計に静けさが身に沁みる。
 木造の割に昼も夜も静かでいいけど、こんな時はもうちょっと賑やかでもいいんじゃねぇかと思った。

(続く)

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