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Season企画小説
パフォーマー (社会人・2013巣山誕)
 1週間の新人研修を終え、明日から各部署に仮配属になるという月曜日。
「このメンバーで呑むこともなくなるぞ」
 研修指導をやってくれた次長が、そう言ってバーに誘ってくれた。
 とはいえ、奢りだと言われても月曜日だ。明日から仮配属だし……ということもあって、結局参加者はオレを含めて8人だった。

 その中には、高校時代のチームメイトだった阿部もいた。
「よー、お疲れ。行くんだ?」
 オレが声を掛けると、阿部は「まーな」と言って肩を竦めた。
 ダークスーツをイヤミなくらいに着こなしてる阿部は、今年の総代だ。入社式で、新入社員代表としてスピーチしてんの見て、ホントビックリさせられた。
「上司の好みや傾向とか、知っといて損はねーからな」
 って、参加理由の打算的なとこも、相変わらず清々しかった。

 上司2人を入れて10人で、ぞろぞろと移動して――着いた先は、ビルの地下にある結構広いバーだった。
 入ってすぐ正面には、ライトアップされた広めのバーカウンター。後ろの壁一面に、酒瓶がびっしりと並んでる。
 店内にはテクノ系の音楽が流れ、平日の夜だっていうのに、テーブルもそこそこ埋まってた。
「予約してたんですけど」
 次長がそう言うと、ゴツイ店員が笑顔で「お待ちしておりました」つって、オレ達をカウンターに案内する。
 カウンター? 予約で?
 オレは阿部と目配せし合った。だって予約席つったら、普通はソファ席とかじゃねーの?

 そのカウンターのとこには、たくさんのリキュールのビンと、たくさんの銀のカップが置いてある。
 ごちゃっとしてんな……と思いながらもカウンターに座ると、中にいた男と目が合った。
 瞬間、ビクッとした。オレじゃねぇ、相手の男が、だ。
 白シャツに黒いスラックス、黒ベストを着た、バーテンダーらしい若いヤツ。
「……変なヤツ」
 隣に座った阿部が、ぼそりと言った。
 そんなオレ達の目の前で、茶髪のバーテンダーはキョドキョドとあちこちに視線を揺らし、目の前に積み上がってる銀のカップを、ギクシャクと手に取った。

「おい、廉、触んなよ」
 カウンターにいたもう1人のバーテンダーが、キョドキョドの方に声を掛けた。
 黒髪のくせっ毛をしたそいつも、オレらと同年代だ。
「う、う、うん」
 廉、と呼ばれたキョドリがちのバーテンダーは、思い切りドモリながらこくんとうなずき、もてあそんでいたカップを戻す。
 はあ、と阿部が隣でため息をついた。
 こういう、挙動不審でどんくさそうなヤツは、多分苦手なんだろう。それが分かってしまうくらいには、そこそこ長い付き合いだ。

 全員がカウンターに並ぶと、さっきのゴツイ店員がマイクを持って現れた。
 オレらの方に一礼してから店内に向き直り、マイクを通した大声でいきなりテンション高く喋り出した。
『本日はご来店いただきまして、ありがとうございます! ただ今よりフレアパフォーマンスを行います! どうぞ見やすい位置にお越しください』
 かかってた音楽のボリュームが上がった。
 ちらっと隣を見ると、阿部は顔をしかめてる。まあ、こういううるさいのは嫌いそうだよな。
 マイクを持った店員が、高々と3本の指を上げた。

『それでは参ります! Three、Two、One、Go!』

 曲が変わった。と、同時に、カウンターの中にいた2人のバーテンダーが曲に合わせ、同時に銀のカップを空中にぽん、と放り投げた。
 次いで放ったアイスキューブを、キャッチしたカップで同時に受ける。
 リキュールのビン、またリキュールのビンを2人して空中に放り投げ、くるくると回転させてカップでキャッチ。また放り投げ、キャッチしてカップに注いで、また放って――。
 ああ、こういうの、なんか映画で見たことある。
 なるほど、次長の趣味はこういう感じか、と感心しながらパフォーマンスを見てると、隣で阿部がぼそっと言った。
「あいつ、スゲー……」

 その視線の先にいるのは、さっきのキョドキョドバーテンダー。
 左手に銀のカップを持ち、右手でくるくると放り投げたリキュールのビンを、ピタッと手の甲でキャッチした。またそれをぽんと放り、ビンのネックをひょいと掴んで、銀のカップにジャーッと入れる。
 目分量かな? プロなら計量カップなくても、ピタッと測れるものなのか。
 一緒に並んでパフォーマンスしてても、やっぱ個性は出るようだ。隣の黒髪のヤツの方が、笑顔で華やかにプレイする。
 けど、こっちの茶髪のキョドリの方が、キレイで正確で、とても丁寧なプレイをしてた。
 時にビンを投げ合い、銀のカップを投げ合って、2人は息の合ったプレイを見せる。
 片方が3本のリキュールビンをお手玉のように放ってる間、もう片方は客と一緒に手拍子しながら、自分も次の準備して。
 そうして……ふと気付くと、銀のカップが次々にカウンターの上に並んでた。

 ショーが始まってから、4分程経っただろうか? 無粋なマイクのスピーチが、2人のパフォーマンスの終わりを告げた。
『はい、ありがとうございました! レインボーカクテル、できあがりです』
 拍手の中、黒髪の方のバーテンダーが、銀のカップを次々と重ねていく。
 え? レインボーカクテル? どれが?
 オレらの目の前にはカクテルグラスが10個あるが、全部空っぽだ。

 と――思った時、重なった銀カップを両手で持った茶髪のヤツが、それをゆっくりと傾けた。
 1番左のカクテルグラスに、1番下のカップからピンクの液体が注がれる。2番目は紫、3番目は赤、4番目はオレンジで……1番上のカップから注がれた、1番右のカクテルは、きれいで美味そうな白だった。


「ここまでは奢りな」
 次長がそう言って、テーブル席に移動してった。他の同期連中も、同様に散っていく。
 けどオレは……っつーか、阿部は、なかなか立とうとしなかった。
 最初見た時、「変なヤツ」とか言って、印象悪そうにしてたくせに。じーっとその、茶髪のバーテンダーを見つめてる。
 見られてる方のバーテンダーは、ショーの間はあんな堂々としてたくせに、終わるとまた、さっきのキョドリが戻ったようだ。
 阿部の無遠慮な視線に怯えてる。

 自分がビビられてるって自覚はねーのかな? 阿部がそいつに言った。
「なあ、オレのこのカクテル、何?」
 阿部のグラスは手つかずで、まだ黄緑色のキレイなカクテルが残ってる。
「え、エイリアン・セクリーション、です。別名ミドリスプライス、て言って、『自分をしっかりと、表現、できる、パフォーマー』っていう意味、が……」
「へ〜」
 バーテンダーの説明を途中で遮るようにして、阿部が言った。
「あんたみたいだな」
 そう言われた瞬間、バーテンダーはボンッと真っ赤になって、「う、え、と……」ってうつむいた。

「いや、マジで」
 追い打ちをかけるように、阿部はさらに誉め続けてる。
「さっきのショー、凄かった」
 とか。
「相当練習したんだろ?」
 とか。いや、オレもそう思ったけどさ。実際すごかったし。けど。

「1個1個の技がキレてて、見惚れちまった。もう、あんたしか目に入らなかった」

 って、おいおい。
 オレは、呑み干そうとしてたカクテルに、思いっきりむせた。
 なんだ、阿部? 女の子口説いてんのか? でも、それどう見ても男だろ? それとも……無意識か?
 オレの視線をまるっきり無視して、阿部がオレの肘を掴む。
 なんだ!? と思ったら、また目の前の真っ赤なバーテンダーに話しかけてる。
「なあ、今日コイツ、誕生日なんだけど。なんか、お祝いカクテル作ってくんねー?」
 って。オレをダシにすんな。つーか、覚えてたのか。さすが捕手。

 注文を振られたバーテンダーは、まだちょっと赤い顔をして、オレと阿部とをキョドキョドしながら見比べた。
 けど――。
「は、い。おめでとう、ござい、ます」
 そう言って、ふにゃっと笑って、シェイカーを手に取った途端――、また別人のように、キリッとした表情に変わった。
 阿部が小さく息を呑んだ。

 えーと、誕生日なのはオレだけど……?
 バーテンダーを見つめながら、ニヤニヤ笑ってる阿部と、阿部の方を見つめながら、ぽいっと放った氷をシェイカーで受けたバーテンダー。
 2人の放つおかしな空気に、オレは何も言えなかった。

 とんでもなく甘くて度数の高い、そんなカクテルが出来そうな気がした。

  (終)

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