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Season企画小説
バースデーカクテル・1 (2013三橋誕・社会人)
この話は、2013巣山誕・パフォーマー の続編になります。




 ミドリリキュール30ml、ココナッツフレーバーラム30ml、パイナップルジュース90mlをステアして、生クリームをトッピングする。
 エイリアン・セクリーション。
 別名、ミドリスプライスともいう、メロンリキュールを使った甘いカクテル。黄緑色に生クリームの白が映える、鮮やかなお酒だ。
 「自分をしっかりと表現できるパフォーマー」っていう意味が、ある。

『あんたみたいだな』
 黒髪で、たれ目がちで、でも格好良かったお客さんに、そう言って貰えたこと――オレ、今でも覚えてる。
 オレにぴったりって、そう言って貰えて嬉しかった。
 だってこのお酒、ミドリスプライスは5月17日の誕生酒。
 オレの誕生日のお酒、だったから。


 オレが幼馴染の修ちゃんと、フレアバーテンディングの専門学校に入学したのは4年前の事だ。
 割とキツキツなカリキュラムに従って、2年間みっちり勉強した。
 パフォーマンス実習だけじゃなくて、基本のバーテンダー実習もきっちりやったし、レストランや結婚披露宴会場での接客も学んだ。
 バートリック、っていう、カウンターでできる簡単な手品の実習もあった。
 取った資格は、カクテルアドバイザーとビバレッジアドバイザー、それにレストランサービス技能検定。
 技能実習だけじゃなくて、座学も勿論あったんだよ。

 修ちゃんは、ソムリエにもなれるようにって、ワインスペシャリストの資格も取ってた。
 でも、オレは……やっぱりフレアやりたかったから。フレアパフォーマンス、いっぱい練習した。

 練習に使うフレアボトルは、落としても割れないような硬化プラスチックでできている。
 床にも専用のゴムマットを敷くんだけど、やっぱり普通のビンよりは、専用のボトルの方が安心、だ。
 中に水を入れることで、本物のリキュールビンと同じような重さにもできるし、プラスチックのポアラーをセットすれば、目分量の練習もできた。
 ポアラーっていうのは、リキュールビンの口に取り付ける専門器具だ。
 いつも、一定量が出るように調節してくれる物。これのおかげで、「1、2、3」って数えるだけで30mlとか、簡単に目分量で測れるようになるんだ。
 勿論、計量カップもあるんだけど……そんなの使うより、目分量で正確に測れる方が、格好いい、よね。

 お店でやるパフォーマンスは、いつも修ちゃんと2人のペアだ。
 タンデム・フレアっていうんだけど、個人でやるより華やかで、お客さんのウケもいい。
 でも、いつもいつも修ちゃんと一緒に練習できるって訳でもない、し。未熟なオレの為に、修ちゃんの貴重な時間、ムダにばっかりもしてられない。
 だから、大体練習する時は、いつも1人だ。

 リズム感覚にも自信がないから、音楽をかけて練習する。
 使うのはフレアボトル3本と、ティンって呼ばれるステンレス製の銀カップ。
 ティンは勿論、カクテルを混ぜ合わせる容器なんだけど、フレアパフォーマンスの中では、ボトルと一緒に投げたり、中にボトルをけん玉みたいに受け止めたり、カップの上でボトルをスピンさせたりもする。
 右手に持ったティンで、投げたボトルを受けて、放って、受けて、放って、ティンも放って、手首の上でボトルをキャッチ。そしてその上にティンをピタッと被せる……とか。
 こういうのも練習あるのみ、だ。

 タンデム・フレアをやるからには、修ちゃんと基本的には同じプレイをしなきゃいけない。だから、オレだけ張り切って難技やったって仕方ない。
 でもオレ、修ちゃんと違って才能ない、から。
 家でも、開店前の店の隅でも、ひたすら練習したかった。


 誕生日だって、仕事はある。
 夕方6時開店だから、オレが店に入るのは4時。夕方でも、挨拶は「おはようございます」だ。
「よー、おはよう、三橋」
 チーフバーテンダーの大先輩が言った。
「お、はようござい、ます」
 先輩にぺこりと頭を下げて、奥の控室に向かう。
 修ちゃんも、それからフロア係の畠君もまだみたい。

「お前ももうちょっと、来るのゆっくりでいいんだぞ」
 ってよく言って貰えるけど、オレが来た時、チーフはもうとっくに着替えて煙草吸ってる、し。
 大先輩がそんな早く来るのに、ギリギリにっていうのも気が引けて、オレだけずっと早いまま、だ。
 手早く制服に着替えて、まずはモップを手に床掃除から。早く開店準備が終わると、その分たくさん練習できる。
「いつも張り切ってるな」
 先輩に誉められて、開店前から気分良かった。

 床の半分くらいまで掃除した頃、修ちゃんや畠君や、他のホールスタッフがちらほらと来た。
 皆で、わいわい楽しそうに控室で話してるの見ると、いいな、ってちょっと思う。
「お前ももうちょっとゆっくり来れば?」
 修ちゃんには、ずっと前にそう言われたけど、皆と話すために出勤時間遅くするのも何か違う、し。
 結局、なかなか話の輪に入れないまま、3年目の春が来た。

「おーい、いつまでも喋ってんなよ」
 チーフが控室を覗きに行って、ようやく皆がフロアに出て来る。
 修ちゃんは、って見ると、カウンターの中で食材準備をするみたいだった。

 食材準備って言っても、やることはいっぱいある。
 やっぱり、お酒だけって訳にはいかないし。ちょっと高いけど、軽食も出すから。
 クラッカーとか、スナック盛り合わせとかだとすぐできる、けど、野菜スティックはある程度準備しておかなきゃ、だし。
 カクテルに添える、カットフルーツの準備もいる。
 あと、氷とか。

 ブロックの氷をアイスピックで砕いて、いろんな大きさにしてくんだけど、オレは中でも丸い氷を作るのが好きだった。
 5センチくらいの氷のキューブから、角をどんどん削って行く。
 冷たいけど、楽しい。
 お客さんとカウンターで雑談しながら、作ってく事もある。

『うわ、あんた、器用だな』
 先週そう言って誉められた時、すごく嬉しくてドキドキした。
 あのミドリスプライスの、黒髪たれ目のお客さんだった。
『でも、手、ケガとかしねーのか? 気を付けろよ?』
 そんな風に気遣って貰えたのも、初めて、だ。
 先月、間近でフレアショーを見て貰った日から、毎週のように来てくれる。

 今日は金曜だけど――また来てくれるかな?
 どんなお酒を飲むのかな?
 名前も知らないお客さんだけど、あの格好いい顔で笑って貰えると、ドキドキする。
 スゴイって、認めて貰えるなら頑張ろうって思えた。


「廉、今日、誕生日だもんな。店終わったら、バースデーカクテル作ってやるよ」
 修ちゃんが、カウンターの向こうでパイナップルを切りながら言った。
「う、うんっ」
 笑顔で返事して、またモップを動かしながら、ふひっと笑う。

 いい誕生日になればいな、って、遊びじゃないんだけど、ワクワクした。

(続く)

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