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Season企画小説
My Sweet・1 (2015バレンタイン、フレアバーパロ)
※この話は2013巣山誕「パフォーマー」、三橋誕「バースデー・カクテル」、七夕「カクテルに願いを」、叶誕「フローズン」、畠誕「傍観者の独り言」、日本酒の日「秋色カクテル」、クリスマス「Holy Hot Night」、2014ハロウィン「カクテルモンスター」の続編になります。





 1回目のショーが終わった後、控室に引っ込んだ修ちゃんが、私服で出て来たのを見て、ドキッとした。
 早退するっていうのはあらかじめ聞いてたのに、やっぱいざとなると緊張する。
「すいません、お先に失礼します」
 カウンターのチーフに頭を下げ、修ちゃんは次に、オレの方に視線を向けた。
「後、頼むな」
 右手をぐっと握ってガッツポーズでそう言われると、不安でも「うんっ」ってうなずくしかない。
「しゅ、修ちゃんも、頑張って」
 オレの言葉に、修ちゃんはニッと笑って「おーっ」って答えた。普段通りに見えるけどテンション高くて、やっぱ緊張してるのかな、と思った。

 修ちゃんは明日、2月14日に新都心のホテルで開催する、新人コンテストに出場する予定だ。
 フレアバーテンディングのコンテストは、新人向けとかプロ向けとか、小さな大会から国際大会まで、協会公式のだけでも15、6ある。
 オレも修ちゃんも、4月で5年目になるし、そろそろ出てみないかって、年末にチーフに言われたんだ。
 早い人は3年目とか、もっと早くから出るみたい? オレはあんま自信なくて、コンテストなんて考えてもなかったから、話が出た時は正直ビビった。
 出るならお店だって休まなきゃいけない、し、気軽に決心できるものじゃない。
 でも修ちゃんはスゴいんだ。ためらいもしないで、「やります!」って即答だった。
「廉もやるだろ?」
 ニカッと笑われると、首を振ることもできなくて、なし崩しでオレの出場も決まった。
 オレの出るのは4月で、まだまだ先だけど、修ちゃんのコンテストが間近に迫ると、あっと言う間だなって感じだ。

 これから家で練習するのかな? それともゆっくり休むんだろうか?
 足早に店を出ていく修ちゃんの背中を見送ってると、フロア係の畠君から、声を掛けられた。
「おら、ぼうっとしてんなよ、オーダー入るぞ。カンパリソーダ、ギムレット、レンの初恋……」
「うおっ、はい」
 畠君にしっかりとうなずき、銀のティンをタップする。
 リキュールを後ろからフリップして目の前でタップ、もっかいフリップしたところをティンで受ける。すかさずフリップし、下向きにキャッチしてティンに注ぐ。30ml。
 カンパリソーダは、カンパリリキュールとノンシュガーのソーダを合わせた、シンプルでほろ苦くてスッキリのカクテルだ。
 キューブアイスを入れたグラスに静かに注ぎ込み、仕上げにオレンジとポッキーを添える。
 ポッキーは今日から3日間だけのサービスだけど、カンパリはチョコに合うし。喜んでくれればいいなぁと思う。

 「レンの初恋」っていうのは、オレのオリジナルカクテルだ。2月いっぱいの期間限定で、チョコリキュールを使ってる。
 修ちゃんの作った「修の初恋」は、ストロベリーリキュールメインの甘酸っぱいカクテル。チーフの作った「大人の初恋」は、ブランデーを利かせたビターな感じ。
 オレのはバニラアイスをフロートさせた、スタンダードな甘口だ。
 オレの初恋は阿部君だから、阿部君からいっぱい貰った甘い気持ちを込めたつもり。
 前に本人に飲んで貰ったら、「あっめぇな、これ!」って舌を出してたけど、修ちゃんが言うにはイメージ通りだって。
 ロックアイスを入れたティンとドライジンをフリップしながら、カウンターの片隅、阿部君の指定席に目を向ける。
 阿部君は、今日は遅くなるのかな?
 いつもの金曜日。9時を過ぎてもまだ指定席は空いたままで、ちょっとだけ気になった。

 阿部君が店に入って来たのは、10時半を過ぎてからだ。
 2回目のショーが11時からの予定だったから、間に合う内に来て貰ってホッとする。
 そりゃ、オレだってコンテスト出るんだし、年間300日近くショーやってるんだから、「阿部君がいないと」なんて、いつまでも甘えたことは言えない。
 苦手だったショーマンシップにも力入れてるし、いつも笑顔でいるようにしてるし、お客さんの煽り方も、修ちゃんと一緒に特訓した。
 でもやっぱり、目の前に阿部君がいるのといないのとでは、気分が違うんだ。
 ショーの後、「よかったぞ」って誉めて貰えると嬉しいし、好きだなぁって思うだけで、にこにこになれる。
 いつもは修ちゃんと2人、タンデムでやるショーの時間に、今日明日はオレ1人で……だから余計に、阿部君に近くで見てて貰いたかった。

 けど――。
「いらっしゃいませー!」
 いつものように張りのある声で出迎えた畠君に、阿部君は。
「3名」
 指を3本立てて、連れの人たちを近くのテーブル席に座らせた。
 ちらっとこっちに顔を向けて、ごめんって片手でジェスチャーされて、慌てて首を横に振る。
 お連れの人は、同年代の女の子と、40代くらいの男性、だ。会社の人かな? どういう関係?
 阿部君たち男性2人はスーツだけど、女の子は白いファーのついたコートに、深紅のワンピース。胸元には真珠のネックレスが光ってる。
 オレ、会社勤めしたことないし、詳しい訳じゃないけど、あんま仕事帰りって感じの格好じゃない、よね。

 飾りに使うフルーツをカットしながら、ちらちら視線を向けてると、阿部君たちのテーブルから畠君が戻ってきた。
「こら、じろじろ見てんなよ、キモいぞ!」
「き、きもっ!?」
 とっさに言い返すと、ビシッとデコピンされた。
「カウンター、キャンセルすんなってよ。オーダー入るぞ。レンの初恋、モスコーミュール、マティーニ」
 痛む額を押さえながら、「はい!」と返事してキューブアイスを放る。

 カウンター席をキャンセルしないって、後から座るってことなのかな?
 放った氷を銀のティンでカランと受けて目を向けると、阿部君はちょっと疲れたような顔で、運ばれた水を飲んでいた。

(続く)

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