Season企画小説
カクテルに願いを (七夕その2・フレアバーテンダー三橋)
※この話は、2013巣山誕「パフォーマー」、2013三橋誕「バースデーカクテル」の続編になります。
地下への階段を降りようとしたら、2人連れの客とすれ違った。
いつもは人とすれ違うなんて滅多にねーのに、珍しい。
よっぽど混んでんのか?
まあ、週末はいつも混んでっけど……今日はそんだけじゃねーだろう。
『七夕Night 3Days』
扉の横に貼られたポスターが、その理由を示してた。
3日間限定の七夕カクテルが、3種類各500円。
フードにも限定メニューがあるらしい。
まあ、この店はチャージ料に700円取られるから、安いつっても限度はあるし、赤字がどうとか気にしなくていいのかも知んねぇ。
それよりオレの目的は、もう1つのスペシャル――七夕限定フレアショー、の方だ。
ここでフレアショーをやってる2人組のバーテンダーの1人、三橋廉に、オレはずっと夢中だった。
ドアを開けると、いつものフロアスタッフが「いらっしゃいませー」と声を掛けた。
店ん中はほぼ満席だ。
カウンターのオレの定位置にも「予約席」っつープレートが置かれてて、今日ばっかりは仕方ねーかな、と苦笑する。
隅っこの空いてそうなところに渋々移動しようとしたら、さっきのゴツイスタッフが、ガシッとオレの肩を掴んだ。
「はいはい、予約席どうぞー」
って。客に対する態度かよ、と思ったけど、この3ヶ月ですっかり顔なじみだし。常連扱いされてんのかな、と思うと、ちょっと嬉しい。
畠っていう名のスタッフは、オレをいつもの定位置に座らせて、そこに置かれてた「予約席」のプレートをサッと取った。
え? 予約って……オレの為の予約?
パッとカウンターの方を見ると、中から三橋が「こんばん、はー」って、照れたように笑ってる。
顔が赤い。
「予約席、いーのか?」
オレが訊くと、三橋はこくりとうなずいた。
「阿部君、ぜったい来てくれるって思ってた、から」
って。
そりゃ勿論見に来るに決まってっけど、何だそれ、スゲー可愛い。
デカいシェイカーを格好よく振る三橋に見とれてると、カウンターの前にコースターが置かれた。
そのコースターも、いつものコルク風のとは違って、白地に黄色で流れ星が描かれてる。
何もかも、七夕スペシャルか。
次に三橋は、銀のカップをポンッと放り投げながら、オレの顔を見てにへっと笑った。
氷を2つ放り投げ、最初の銀のカップで受け取り、青い瓶のリキュールをまた放り投げて、首の後ろでキャッチする。
ショー以外でも、三橋と三橋の相棒はこうやって、酒を作りながらパフォーマンスを見せてくれる。
ワーキングフレア、っつーらしい。
三橋はフレアの技術はスゲーんだけど、あんま愛想っつーか、上手に客を煽ったり笑顔見せたりっていうのが苦手らしい。
オレは真剣な顔も可愛いと思うけど、それじゃダメだっつーんで、笑顔の特訓中だって前に聞いた。
その特訓の成果かな? オレに笑顔を向けながら、銀のカップやリキュールボトルをくるくる投げて、キャッチして、楽しそうにカクテルを作ってた。
その笑顔を、他の客に向けてんのかと思うとモヤッとするけど、まあ客商売なんだから仕方ねぇか。
じっと見てると、三橋はふわっと笑いながら、オレのコースターの上に、細長いグラスをコトンと置いた。
中には青い色のカクテルが入ってて、グラスの端に星形に切ったレモンピールが差してある。
「彦星、です」
そう言うからには、七夕限定のカクテルなんだろう。
一口飲むと、意外にスッキリな味わいだ。レモンかな、爽やかな酸味があって、後味はスッキリ。でも、ほんのりと甘い。
500円で出すには、ちょっと惜しいくらい美味い。
「美味いよ。好きな味だ」
オレがそう言うと、三橋はじわーっと赤くなった。
可愛いなぁと思いながら、ふふっと笑ってると、その三橋が赤い顔のまま、ぐいっとカウンターから身を乗り出してくる。
なんだ? と思ってたら、内緒話をするように、こんなことを言われた。
「それね、阿部君のイメージで、作ったんだ、よー」
ドキッとした。
オレのイメージで……って。
「……はあ!?」
これって、オリジナルカクテルだよな?
何だ、それ。
訊くと、どうやら3人のバーテンダーが、それぞれ1つずつオリジナルカクテルを用意したらしい。
三橋が「彦星」、三橋の相棒・叶が「織姫」。そして、チーフバーテンダーが「七夕」なんだそうだ。
「織姫は甘い、けど、七夕はシャンパンベースでスッキリだ、から、飲んでみてくだ、さい」
三橋はそう言いながら、カウンターの向こう側に銀カップを並べ始めた。
いつもはカウンターの後ろにぎっしりと並んでる洋酒のボトルを、何本か選びながら、それもカウンターに並べてく。
時計を見たら45分で――ああ、もうじき1回目のフレアショーの時間だ。
「阿部君に見せたくて、練習、頑張ったんだよっ」
そんな風に言われて、やっぱ嬉しい。特別って思って貰えてんのかな?
ショーの準備で忙しいのに、オレのグラスが空になってんのにもすぐに気付いて、手早くカクテルを作ってくれた。
「七夕、です」
チーフが考えたって言うカクテルは、シャンパンベースの金色の酒。レモンとライムの皮かなんかで作ったらしい、短冊と星とが飾られてる。
「願い事しながら、飲んで、ねっ」
とか可愛い事を言われて一口飲むと、辛そうなのに意外に甘い。
辛そうに見えて甘いって。彦星と織姫に試練を与えて引き離しながら、そばで見守ってる天の川のようだ。
じゃあ、願い事も叶うかな?
自己紹介して、一緒にメシ食って、酒飲んで。次はデートだと思うんだけど、今日誘ってみろってことかな?
定休日は月曜だって聞いたから――。
そんな計画を考えながら「七夕」カクテルを飲んでると、いつものショーの前触れと同じく、BGMのボリュームが上がった。
『皆様、お待たせいたしました。本日は七夕限定、スペシャルフレアショーをお楽しみください……』
フロアスタッフがマイクを掴み、高々と指を3本挙げて。
『Three,Two,One,Go!』
そう叫んだ合図で、曲が変わった。
2人揃ったパフォーマンス、銀のカップと青や赤のリキュールビンが、2人のバーテンダーに操られてくるくる回る。
いつものテクノっぽいんじゃなくて、今日の曲はキラキラ星だ。
なるほど、だから七夕限定か。
そう思って、笑顔で三橋のパフォーマンスを見ていると、突然カウンターの照明が消えた。同時に、ぼうっと青い火がともる。
店内が一瞬ざわめいたけど、でも、曲は続いてて。マイク持った畠も、余裕の表情で。
……ってことは、アクシデントじゃねーんだな、と、思った瞬間。
ボウッ! 三橋がオレンジの火を噴いた。
「きゃー!」
女性客の叫び声と共に、スゲー拍手が沸き起こる。
照明が戻り、三橋は笑顔で、改めて拍手に応えてる。
でも、その得意げな視線がオレにだけ向けられてるって――、一体何人が気付いてんのかな?
「スゲーな、三橋」
笑みがこぼれる。誇らしいような、気恥ずかしいような、不思議な気分だ。
オレのための、フレア。
そんなの貰ったら、オレだってもっと喜ばせなきゃフェアじゃねーよな。
オレは「七夕」の残りをぐいっとあおり、飾りの短冊をじっと見た。
――三橋の笑顔が見れますように――
願い事は1つで。それを実行できるよう、後はプランを考えるだけ。
ショーが終わり、興奮の残滓が漂う中。オレは三橋に手を伸ばし、カウンター越しに白い手首をきゅっと握った。
「次の休み、デートしようぜ」
オレの率直な誘いに、目の前の顔が赤く染まった。
(終)
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