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Season企画小説
秋色カクテル・前編 (2013日本酒の日・フレアバーパロ)
 すっかり聞き慣れたテクノ系の音楽の流れる中、カウンターに立つ茶髪のバーテンダーが、ぽいっと赤いリキュールのビンを上へ投げる。
 くるくるときれいに回転するビンは、口に器具はついてるものの、実際はフタをしてねー状態らしい。
「遠心力、が……」
 って前に下手くそな説明を受けて感心したけど、知識がどうってことより、まずはその技術に感心すべきだろう。
 相当練習してんだろうな。
 まあ、練習熱心だってのは、コイツの家に行けば分かるけど。

「ベルモット・カシス、です」
 深い赤のカクテルが、穏やかな声と主に目の前に置かれる。秋らしい色だ。
 期待に満ちた目で見られて、苦笑しながら一口飲むと、意外に辛い。
「へぇ、カシスって甘ったるいイメージあったけど、これはいーな」
 そう言って誉めると、作ってくれた三橋がふひっと笑った。
 笑いつつ、手を休めねぇ。
 広い店内は今夜もそこそこ賑わってて、注文もどんどん入ってるからだ。
「フローズン・ミドリ・マルガリータ、ジントニック、パリジャン」
 丸刈り頭のフロアスタッフが、オレらの間に割り込むようにオーダーを告げる。

 カウンターに立つバーテンダーは3人。うち1人はオッサンで、三橋やもう一人みてーなフレアパフォーマンスはしねーけど、カクテルはやっぱうまいらしい。
 このオッサンの作る酒じゃねーと飲まねーとか、こだわり持ってる客も多いみてーだ。
 でもオレも人のことは言えねぇ。
 オレだって、三橋以外のバーテンダーにカクテル作って貰いたくねーし。三橋のいるこの店以外に、通いたいとも思わなかった。

 その三橋は、さっきと同じ赤いリキュールを後ろから放り上げ、難なく前でキャッチして銀のカップにジャーッと入れてる。
 この目分量ってのも、何度見てもスゲーと思う。
 ガーッとミキサー使ってフローズンカクテル作る様子も、目線の合図だけで仕事仲間とリキュールビンを投げ合う様子も、勿論フレアパフォーマンスも、ホント見てて飽きねぇ。
 スゲーし、格好いーし、それに――カウンターで仕事をきちっとこなしながら、オレだけに笑ってくれんのが可愛い。
 オレらが付き合ってるってコト、スタッフの中ではどうやら周知の事実らしい。
 まあ、オレも隠してなかったし、三橋なんか結構態度、露骨だもんな。
 オレがいる時といねー時じゃ、フレアのキレが違うとか言われた。
 三橋のキレのねぇフレアなんて、見たコトねーしどんなんか分かんねーけど。でもまあ、そう言われて悪い気はしなかった。


 バーの営業は深夜2時まで。
 そっから閉店作業があるらしく、店の外でいつも30分くらい待たされる。
 けど、恋人が待ってるからって理由で仕事をさぼったりはしねぇ、三橋のその誠実さが好きだ。
 要領はよくねーかも知んねーけど、んなの関係ねーし。30分待つくらい、全然苦じゃなかった。
「おまた、せー」
 階段の下からオレを見上げ、ぱあっと笑顔になんのが可愛い。
「おー、お疲れ」
 そう言って肩に手を回すと、甘えるように擦り寄って来る。

 その後は大抵、一緒に近所のスーパー銭湯に行くのが定番だ。
 定番なだけに、三橋の同僚と銭湯でブッキングすることがやたら多いけど、まあ仕方ねぇ。
 東京は眠らねー街とか言うけど、やっぱ時間が時間だけに、行けるとこなんか限られてる。
 コンビニやスーパーでバッタリ会う事も多い。
 大体のヤツらが近所に住んでるっつーんだから、これももう仕方ねーよな。活動時間だって一緒だし。
 風呂の後、そいつらに誘われてファミレス行くこともあったけど、それよりはやっぱ、三橋のアパートにまっすぐ帰って、2人でのんびりする方がイイ。

 三橋が住んでんのは、職場のバーから徒歩圏内にある、安そうなボロいアパートだ。
 外装はボロボロだけど、内装はちゃんとリフォームされてて、住みにくいってコトはねぇ。少なくとも、逆よりはマシだ。
 古いだけに風呂とトイレは別で、収納も大きいし部屋も広い。
 住人は水商売の連中が多いらしくて、生活音もあんま気になんねーし、こっちも気にしなくていいようだ。
 時々廊下や階段で顔を合わすけど、挨拶も普通にするし、特にトラブルもなさそうだった。

 オレとしては、そういう住みやすさって大きいなと思うけど、三橋にとって重要なのは、天井の高さらしい。
 古い建物だからなんか、オーナーが大柄だったんかは知らねーけど、確かにオレんちよりはだいぶ高い。まあ、バー程じゃねーけどな。
 その天井の高さがなんで必要かっつーと、訊かなくても分かってたけど、フレアの練習にいるんだそうだ。
 さすがに放り投げる練習はできねーらしいけど、ビン振り回すだけが練習じゃねーから、って。これは三橋の言い分だ。
 専用の器具の付いたビンとか、銀のカップとかが床にゴロゴロしてて、床に敷かれてんのもカーペットじゃなくてゴムマットだったりするんだけど。
 でもこういうアホみてーに熱心なとこも、オレはキライになれなかった。


 いつものようにスーパー銭湯に寄ってから三橋のアパートに行くと、台所に意外な酒ビンがあったんでビックリした。
 黒地に白文字で「吟醸」って書いてるラベルの貼られた大ビンは、どう見ても日本酒の一升ビンだ。
 え? あの店、日本酒なんかあったかな?
 ビールがあったのは知ってっけど、普段メニューなんか読まねーから覚えてねぇ。
「どしたんだ、これ?」
 持ち上げると、結構重い。
 それをオレから受け取り、右手でぐるんと回しながら、三橋が得意げにふひっと笑った。

「秋だから、ねっ」
 って。
 なんで秋と日本酒が関係あんのか――何が「だから」なのか、意味が分からなかった。

(続く)

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