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小説投稿場
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粕汁ノート
By 粕汁
2019-02-23 23:01:27
ちょっとした文とか、知らなくてもいいちょっとした設定とか、ちょっとしたメモとか、ちょっとしたエンカ記録とかがひっそりと書き殴られる予定の場所です…。
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By エンカ記録SS【ネオン】
2019-02-25 11:10:20
店に戻ると、本日の営業について休みを知らせる木目調の看板はそのままに、鍵だけ開いている状態だった。
おかしいな、鍵は閉めて出掛けた筈──とネオンが首を捻りながら、しかしさして驚いた様子でもなく扉を開けると、中で雑談する声が聴こえて怪訝そうに眉を顰めた。
奥まで入ると、テーブル席に腰掛けた男性の後ろ姿と、その向かいで立ったまま話す女性──幼い頃から家政婦として一緒にいる、アグリヌスが見える。再度、自分の家政婦と話している男性を確認する様に見遣ってから、ネオンは口を開いた。
「アグリ、帰ったよ」
「ネオンさん!あの、どうでした?!」
見た目40代程の人間であるその見知った男性がネオンに気付くなり慌てて立ち上がったので、ネオンは含みのある笑みを浮かべてレッグポーチからあるものを取り出した。
くすんだ金色のロケットペンダント。男性の目の色が変わった。
「はっ!それ…!!」
「運が良かったね」
ロケットペンダントはネオンの手により無事に男性の手元へ戻って行った。
男性も、薄っすら涙を浮かべて何度も何度もネオンに礼を言ってからお金を払って帰った。

アグリヌスと二人きりになって、ネオンは大きく欠伸をしてからバックヤードへと入った。

「お疲れ様です」
と、アグリヌスが背後から声を掛けてきたのを、ネオンは振り返りもせずに返事をした。
「ほんっと疲れたよーもー」

本当に疲れた。どちらかと言われなくとも夜型のネオンが、今日は朝から先程の男性の為に"死の荒野"へ赴いたのだからそれはそれは大変な疲労だ。"死の荒野で大切なものが盗まれてしまったから取り返してほしい"。それが昨日受けた、先程の彼からの依頼だった。大切なもの、というのが件のロケットペンダントなのだが、若くして亡くなった妻の形見らしい。丁度暇を持て余していたところとは言え、簡単に受けるべき依頼ではなかったかもしれない。というのも、"死の荒野"とは様々な危険があって、確かにそう呼ばれる程に過酷な場所なのだ。それに、"失くしてしまった"ならまだしも、"盗られてしまった"と言うものだから余計にタチが悪い。死の荒野を陣取る強盗団を相手にしなければならないのは殆ど確定事項だったからだ。──否、広大な土地をあてもなく探し続けるより、実力があれば強盗団を相手にした方が遥かにましなのかもしれないけれど。
先程の男性はきっと、依頼したはいいが居ても立っても居られず、店まで来ていたのだろう。ネオンは見た目も"普通の""可愛い"女性であるつもりだし、そう自称してもいる。いくら"何でも依頼を受ける"(必ず受けるとは言わない)仕事をしているとは言え、そんな女性を死の荒野へ向かわせてしまった事に後から心配になったのかもしれない。単純に、一刻も早く帰ってくるネオンを迎え、結果を確認したかった可能性もある。もしくはどちらも。

「ふたりくらいヤッちゃったかも」
「そうですか」
「あれ磨いといて」
「畏まりました」

家政婦アグリヌスに、返り血と灰で汚れたメイスの手入れを命じてネオンは黒のソファに腰掛ける。疲労の溜まった全身の力を抜いて双眸をゆっくりと閉じた。──今回は運が良かった。依頼を受けたはいいが、盗まれたものは基本的にすぐに売られてしまうし、強盗団と言っても組織は一つではないし、魔物もいる中で自身の命に危険が及ぶ可能性すらあった。それが偶々、丁度黒の国に盗んだ品を売りに行くところであったのだろう3人の強盗団と遭遇出来たから。偶々その3人に勝てたから。そして偶々、3人の荷物の中に依頼の品があったから。帰り道もヘトヘトではあったが奇跡的に危険が何一つ無かった。(これまた偶々出会った旅人の祈りのお陰だろうか?)もし一つでも欠ければ、依頼をこなす事は出来なかった。

「帰りさ、グラウンド・ゼロに行ったヒトに会ったよ」
「そうでしたか」
「わたしも行ってみたいなぁ〜」
「どうしてですか?」
「どうしてって…だって行った事ないんだよ?気になるじゃん」

アグリヌスが雑談で疑問を返してくるとは珍しい、と、ネオンは片目を開けて彼女を確認したが、特段変わった様子もなく、彼女は早速武器のメイスの汚れを手際良く落としている最中だった。

「ね、わたしも冒険者ギルドに登録しよっかな?」
「遊びで行くような場所ではありませんよ、危険ですからおやめ下さい」
「なにー?今回の依頼は止めなかったのに」
「止めましたけど」
「でもそんなきっぱりと止めなかったよ。なんで?グラウンド・ゼロがどういうところか知ってるの?」
「存じ上げません。…そう云う地でしょう」
「知らないんじゃん」
「誰も理解されていないのですよ、幾度も調査を重ねて…。きっとお嬢様のような方が惨殺遺体となって帰ってくるのです」
「…今日はよく喋るんだね」

話す内容は気に要らないけど、と、ネオンは心の中でだけ付け足して、そのままソファに横になった。
虚白の地──グラウンド・ゼロ。各国が調査に調査を重ねている地。それでも、その大部分が謎に満ちているらしい地。そんな場所に遊びに行くのは刺激的でとても楽しそうだと思うのだけれど。
それにしても旅人って……気ままでいいかもしれないなぁ。(自分だって充分気ままな生活を送っているが。)それとも、何か目的があって旅をしているのだろうか?例えば、世界各地に眠る伝説の秘宝を探し歩いてるとか──尋ねておけば良かったかもしれない。帰り道に偶々出会った彼について、今更考えたって仕方のない事を考えていると、急に猛烈な眠気に誘われた。自分で決めた今日のノルマはもうこなした事だし、今はこのまま応じる事にしよう。
数分後、ネオンからは穏やかな寝息が聴こえる事となる。
アグリヌスはそんな彼女の側に甘ったるいものの入った小包をそっと置いた。貴女のお母様からです、と寝顔に小さく囁いて。


────────────────

黒の国、死の荒野にてアンゼ様とエンカウント
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By エンカ記録ss【ネオン】
2019-03-13 19:26:58
ネオンが夜の砂漠へ行こうと思ったのは、突然の思い付きによるものだった。
普通に店の営業を終えた後、普段なら一人暮らしのタワーマンションへ帰るのだが、その日はその思い付きがポッ……と……そう、突然ネオンの心を燃やしたのだ。

そうなってしまってはもう、居ても立っても居られなくて、衝動に突き動かされるまま砂漠へ向かったのだが、これがあまり良くなかった。

砂漠に入ったところはまだ良かった。が、奥に進むにつれ柔らかい足場も増え不安定な中、視界も良くない。おまけに早々に理性の無い砂竜種に標的にされ追い掛け回される羽目になってしまった。
否、初めこそはネオンも自信満々に武器を向けていたのだが、ネオンの武器は重い。正確にそれを振り回す為に踏ん張る力が入らなかったのだ。その、足元が埋まってしまう程の柔らかな砂の所為で。ネオンは実は昼の砂漠ですら自分の足で歩いた事は無かった。砂漠と言えば国から出る時にだけ、プライベート便に乗って渡るものだ。だから知らなかったのだ。徒歩で渡る際のその過酷な環境。夜は暗闇だと云う事も、その上で砂嵐を起こされてしまったら殆ど見えないと云う事も、靴を履いていると中に砂が入って最悪だと云う事も。
──そうしてネオンは、自分の弱さと知識不足を知った。


「やっぱり、ボディガードを雇うべきじゃないですかぁ?」
家政婦ガビがそう言って、ネオンは実家の洋館にて彼女にラベンダー色のパーティドレスを着せてもらいながら、拗ねた子どもの様にむっとした表情を浮かべた。
「いーや。」

「嫌って……でもネオンさん、下手したら死んじゃいます」
「下手してないから死んでないでしょ〜」
なんて。減らず口を叩いてみるが、今回だって"偶々"生きて帰ってこれただけと云う自覚はある。
「でも……どうして、一人で夜の砂漠に?何か用があったなら私どもに言いつけて下さったら……」
「だってアグリが"お嬢様はどーせ虚白の地へ行ったら死にますよ"みたいなこと言うから、ちょっとした腕試しのつもりだったんだよ」
「え〜アグリヌスさんそんな事言いますかぁ?!でも多分心配して言ってくれてるんですよぉ」
そうは言っても、ネオン的には、偶々その日虚白の地へ行った旅人と話が出来たから、軽ーいノリで自分も虚白の地へ行きたいと言ってみただけ。そ、れ、を!あの冷酷家政婦は、そんな返し方するか?普通。寧ろ意地でも虚白の地に行って土産話でも披露してやりたくなった。
フォローを入れたつもりのガビは、どんどん不機嫌そうな表情になっていくネオンに苦笑いしながら、姿見の前に立つ彼女に明るく声を掛けた。
「あ、ほら、見てくださいよ!このドレス、新作です!優美なデザインがネオンさんにとぉってもお似合いです〜」
鏡を見ると、膝丈のAラインのドレスに身を包み、艶のあるジュエリーで飾った華やかな自身と目が合った。
その家政婦の褒め言葉は、幼い頃から幾度となく聞いてきた機嫌取りのお世辞の言葉である事は心の何処かで理解しているが、今回は少し引っ掛かりを感じ、ネオンは真顔で首を傾げる。

「ねぇ、きみ達はよく言うけど、その"ゆうび"ってどういう意味?」
「えぇっ、今更!品があって美しいという意味ですよ〜」

そうだったのか…。
なんとなく、"取り敢えずサイコー"みたいな意味だと思っていた。
否、自身が受け取る意味としては間違ってはないような気がするが、──間違った。
あの獣人の彼の尻尾へ使う褒め言葉としては少し間違った…。

「……ま、本人も意味わかってないみたいだったからいっか……」

正直に「その尻尾、フサフサで超可愛い!」と言っても喜んでもらえたかどうかはわからない。もし怒らせていたらさっさとあの場から立ち去られていたかもしれないし。そうなれば、負傷中に更なる強敵に襲われる可能性もあった。あれはあれでよかったのだ。──うん。

それにしても、褒められるという事がなかなかないようであった彼と同じように、ネオンもまた、あのような純粋な反応を向けられる事は貴重に感じていた。そりゃあみんながみんなそうではないとは言え、普段ネオンの周りには本心の見えない者が多すぎる。今隣にいるガビだって、今日はお休みの家政婦アグリヌスだって、たまにしか会えない両親だって、そんな両親に用意された、会った時にしか話さない友達だって。
それは仕方のない事だと思うし、気にしていないつもりで。だが夜の砂漠で彼と出会って、改めて感じた。外の世界に出るのは楽しい。そしてやはり、"自由"には強さが必要だと。

「何時からだっけ」
「18時からですよ〜、そろそろ出た方がいいです、急いで送ります!」

今日は半年ぶりに両親と一緒にディナーをする日だ。
ネオンは何処か落ち着かない様子で洋館を出た。


────────────
黒の国、幻楼の砂漠にて、アディーロ様とエンカ

ネオンも優美の意味は理解してなかった話…。(長い)
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:18:10
「お嬢様、私はそろそろお暇させていただきますが」

「え、っていうかいたの、アグリ」

「はい」

「用事は?」

「この後にございます」

「ふうん、そうなの」


不意にネオンの背後から話し掛けてきたお馴染みの制服に身を包んだお馴染みの家政婦は、無表情のまま己が仕える主人の一人娘に一礼をした。
──場所は銀の国、銀礼祭と呼ばれる祭の特設会場。ステージでは、希望者による一芸披露がなされている最中だ。ちょうど先程一芸を終えたネオンは、怠そうに首を回し白い息を吐いた。
そもそも目の前の家政婦は本日は非番である。銀の国までの道中は確かに一緒にいたが、着いてからは今まで別行動していた。だから、この場所にいるとは思わなかったし、オフである彼女がわざわざ声を掛けてくるとも思わなかった。

「ま、今日は仕事じゃないんだし、好きに過ごしなよ」
「ですが、21時までは時給が発生しておりますので」
「あ、そう……」

ネオンは呆れた様子で肩を竦めた。
元々非番だった彼女は、この銀の国で休暇を過ごす予定だったらしい。それを珍しくも他の従業員から耳にしたネオンは、自分も観光する!と思い立ち黒の国を発つ彼女に半ば無理矢理着いてきていたのだが……世話代としてちゃっかり時給がついていたのか。しかも多めに。まぁ確かに、それなら道中に話し相手になってくれたのも、今もずっと制服姿でいることにも納得だ。彼女は普段は、どんなに訊ねても勤務中ですらオフの日の話はしてくれない。オフの日に一緒に過ごしてくれる事などあり得ないのだから。

「で、見てた?わたしのステージは」
「はい」
「どうだった?」
「はい、可愛らしかったです」

相変わらず特に感情の窺えぬアグリヌスの言葉、しかしそんな冷たい反応に慣れているネオンはそれでも誇らし気に笑ってみせた。

「もとの素材がいいからね」
「左様でございますね」
「ダンスも歌も昔ちょっと習ってたし〜」
「優勝出来るかもしれませんね」

そんな事思ってもない癖に。
とネオンは薄っすらと笑みを浮かべたまま彼女を横目で見てから、ステージへと目を向けた。歌と踊りのオーディションであるならまだしも(と、見目に自信のある本人は思っている)、この会場にはあらゆる面で秀でた人物が集っている。今舞台に立っている人物は変わった楽器の演奏を披露しているし、先程少し話した少女は一瞬でアイスを作って見せていた。──そう言えば、とネオンは口を開いた。

「きみも悪戯された?コッチの妖精さんに」

妖精。此方へ来てから随分と世話になった存在である。可愛らしい見た目をしているものの、寄ってたかって悪戯を仕掛けてくる……悪質な存在、と認識しているが、先述の瞬間アイス作りを披露した少女にとっては違うらしかった。食べたいくらい可愛い、と言っていたのはまだ理解できる──但し皿に寝かせていたのは悪趣味だと思う──誰かが置いてくれたと言ってはいたが──が、そんな彼女に妖精は寄り付かず、それどころか姿すら消すと言う。
悪戯妖精は見たところ自分だけではなく、たくさんのひとびとに被害を与えていると見た。ヒミカ、と名乗った黒の国から来た彼女が少数派なのは間違いないと思うのだが、そんな人物がいるのならこの冷酷な家政婦アグリヌスも妖精と戯れる様な印象はない。果たして悪戯されたのか否か、ちょっとした話題のつもりで訊ねてみると、アグリヌスは顔色一つ変えずに短く答えた。

「はい」
「え、されたの?」
「はい」

相変わらずこの家政婦とは会話が続かない。
やや苛つきながら急かす様に具体的な内容を問い掛けてみると、「服を引っ張られ、歩行中靴を取られました」との事だ。しょうもないがこの家政婦、なかなか本格的に悪戯されている。
ネオンは、へーっと声をあげて驚きを顕にした。
彼女の事だからきっとそんな悪戯にも動じてはいなかったのだろうが、その場面は見てみたかったような。しかしそれよりも、悪戯妖精が全く近寄らないらしいヒミカという少女について俄然気になってきた。見たところ普通の可愛らしい料理人だったが、本当は恐ろしい本性を持っているのだろうか。

「っていうか、妖精っておいしいのかなぁ」
殆ど自然に出た疑問だった。

「頂戴したことはありませんが、お嬢様が召し上がりたいのでしたらセスに申し付けておきます」
「え。いいよいいよ、食べた事ないんだったらいい」
「………畏まりました」
「なにいまの間」
「では、大変恐縮ですが御先に失礼致します」
「はいはい、おつかれ」


深々とした礼を受け軽く片手をひらつかせる。
去る背を律儀に最後まで見送っている己に気付くと、ネオンは誤魔化す様に一人かぶりを振った。

「どこ行って何しててもどうでもいい話だし………」


言い聞かせる様な呟きは喧騒に消えた。



────────
銀の国、銀礼祭特設会場にてヒミカ様とエンカ。


ずっと前に書いててとっくに投稿済みの気でいました……( ˘ω˘ ;)見直しして慌ててひっそり投稿。

ヒミカ様……仲良くなりたかったものです……
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:19:27
「ネオンさん、急にどうしたんでしょうね〜」
「知らない。御屋敷の外にいるお嬢様の世話は私達の業務範囲外なんだから断ってよ」
「でも今日はお仕事じゃないって聞いたから………」


とある日の晴れた昼下がり、ガブリエラ=フロトーとヨーコ=ヴェルテは横並びで蒼月の商店街を歩いていた。普段はリリー家での仕事でしか顔を合わせない二人がそれぞれ私服でオフの日に顔を合わせているのには当然理由がある。いつもより下の位置で髪を纏めたヨーコが、困り顔のガブリエラに対してため息を吐いた。

「仕事じゃないのなら休みの日にわざわざ関わりたくないわ、職場の人間に」
「えっそれってあたしも!?でも、でもね!ネオンさんにお店に呼んでもらうのってなかなか珍しくないですか?!」

それは確かに、と思ったがヨーコは返事をしなかった。
今日、二人は己が仕事で仕える主人の一人娘、ネオン=リリーに呼ばれて蒼月へと足を運んでいた。主に殆どの日の家事や諸々を担当している古くからの家政婦アグリヌスと違い、週に一〜二日程しかリリー家に出勤しない二人の業務内容は原則屋敷での仕事のみである為、こうして彼女に呼ばれてわざわざ出向く事は殆ど初めてである。そもそも二人がリリー家に勤務し始めた頃、ネオンは既に屋敷を出て一人暮らしをしていたのでそこまで密に関わってきた訳でもない。本人もアグリヌスに過剰に世話を焼かれるのは好きではないようだし、以前ガブリエラがオフの日にネオンの店に顔を出した際も使用人としてではなくお客様として扱われたらしい。
そんなこんなで確かにガブリエラの発言通り休日に彼女から声が掛かる事自体稀で、言われてみれば何の用事か気になりはする。現に休日は好きに過ごすと決めているヨーコも結局ガブリエラの誘いを断り切れず蒼月にあるネオンの店へと向かう羽目になっているのだ。

話しながら歩き続ける事数十分。ネオンの店は商店街の外れにある。彼女が拘り抜いた木の店舗が見えた頃、何度か来店した事のあるガブリエラは不思議そうに声をあげた。

「あれ?………"豆腐"ゥ?」

ガブリエラが吐いた言葉の意を、程なくしてヨーコも理解する。
店名すらまともに掲げない店の前に、やたら目立つのぼりが設置されてあった。
"おいしい玉子豆腐あります"
"激安"
"早い者勝ち!!"
いや、この店は万屋だと聞いてはいたが、今まで食品の取り扱いはなかったのでは──しかもなぜ、豆腐。彼女のイメージと結び付かない食材のチョイスに二人はお互い無言で顔を合わせてから入店した。


 店内には先客が二人いた。ガブリエラとヨーコの来店をしらせる呼び鈴は先客二人とネオンの声に掻き消されてしまったか。肝心のネオンは奥のテーブルに突っ伏していて家政婦達の存在には気付いていないようだった。
ガブリエラは先客の男達に気を遣いながら奥へと躊躇いがちに進む。見た事のない男達である。ゴールドアッシュの髪の男は馬鹿にした様に笑いながらネオンと言葉を交わしていたが、ガブリエラの気配にもう一人が振り返ったので会釈する。ダークレッドの髪の男、二人とも見た目的には大体ネオンと同年代くらいだろう。実年齢はわからないが。

「いやいや先パイ、それ絶対夢だって──」
「──おい、お客さんだぞ」
「……お客……対応しといて……」
「あっ、ネオンさんお話中すみません、ガブリエラです!ヨーコも来てます!」
「ガビ……ヨーコ……」

ネオンは返事はしたものの尚も突っ伏したまま、声もなんだか元気がないように聞こえる。心配して口を開いたガビの言葉を、背後からヨーコが冷たく遮った。

「本日はどうされたんですか?絶対に来て欲しいという申し付けでわざわざ参りましたが」
「………もう、何も言わないでそこの箱持ってって……」

そこ、と言われてもどこだ。
家政婦達が困っていると、ゴールドアッシュの髪の男が「これだってよ」と顔で差してから近くの壁側に置いてあった二つの段ボール箱をテーブルの上にどんと置いた。
これは……封がされていないので中身がすぐに見える。

「大量大量。先パイ、これこの子達にタダであげんのか?」
「ん…」
「へぇ、あんたらラッキーだな!オレなんて値下げもしてもらえなかったんだぜ」
「お前は……元々タダみたいなもんだったろ。で、そちらサンはネオンの友達?」
「いえ。リリー家の使用人です」

バッサリ言い放ったヨーコに、ゴールドアッシュの髪の男が僅かに目を丸くした。

「使用人?ってメイドか?先パイマジでマジのお嬢様だったのか」

そんな事よりも、だ。この段ボールに雑に詰められた玉子豆腐は一体なんなのか?
改めて見回すと店内のワゴンにも大量に同じ玉子豆腐が積まれている。豆腐屋でも始めたのだろうかという域だ。いきなりこんなものを押し付けられて納得して帰れる筈がない。家政婦達の前でいつも飄々としているネオンが見るからに疲弊しているのも気になったヨーコは、口を挟もうか迷っているガブリエラに目線で催促した。ガブリエラが控えめに口を開く。

「あのぅ、ネオンさん大丈夫ですか?」
「……だいじょーぶじゃ、ない」
「豆腐の幻覚がみえるらしいぜ。食いもんも全部口の中で豆腐になんだとさ。あとなんだっけ?飲みもんは豆乳になるんだっけ?」
「……ええっとそれは……大変ですね…」
「豆腐の神様に接触したのがキッカケなんだってよ。マジで先パイどーしちまったんだ、笑いが止まらねー」

はぁそうですか、と冷たく返事をして早々に話を切り上げたのはヨーコだ。
ケラケラ笑う男に何とも言えない表情をしている男、予想外の返答に言葉が出ないガブリエラをよそに、ネオンから押し付けられた段ボールを両手で抱えて一人出入り口へ歩いて行く。結構重量があるそれはここから持ち帰るのには辛すぎるが、この場の居心地の悪い空気から逃げ出して早く自宅で読書でもしたい。これ以上ここにいると無駄に長引きそうだ。最初こそ心配もしたがとんだ杞憂だった。そもそもなんで己が心配などしないといけないのか、豆腐神だのなんだの馬鹿馬鹿しい。豆腐に関わる何者かに嫌がらせされている事は間違いないだろうが、知ったことではなかった。幻覚も特に大きな問題とも思えない。気の所為だろうし。詳しい出所も確認していない、この貰った豆腐の安全性も疑わしいが、謎の症状に悩まされているらしいネオンを友人らしき男二人に託す形で早く去らなければ。
そんな同僚の思いまでは察せないだろうが、ガブリエラも慌てて自分用の段ボールを持ち上げてヨーコに続いた。ネオンの言葉通り受け取れば、本日の用事はこの段ボールの受け渡しのみなのだ。


「あ、あの、ネオンさんの症状、アグリヌスさんに伝えておきますね!お大事に!」



 残された店内、先パイんとこのメイドは冷てーなーあんたが人望ないんだろうなーと笑いながら揶揄われるネオンだったが、珍しく言葉を返す元気もなかった為この日の店の営業はゴールドアッシュの髪の男が有料で手伝ったらしい。ダークレッドの髪の男も流石に彼女が可哀想になってきたのか、段ボール二箱分程自分で購入したとか。

 ただその後店内の大量の豆腐達がどうなったのかは、少なくともこの家政婦二人は知らない。



──────────────
虚白の地、白き貴族邸らしき場所にて時薫様・アリシア様・トールディス様・クオル様とエンカ


混雑するので描写をかなり削りました。本当はもっとシリアスなイベントで突っ込まないといけないところは他に沢山ありすぎたのですが、そういうシリアスに突っ込む役はアリシアちゃんクオル様時薫様がいらっしゃるので、此方は気になる(ならない)玉子豆腐のその後ということで………。

サブ家政婦達はドン引きしてますが、話を聞いたメイン家政婦の方は"また悪霊にでも憑かれて……否、本当に神と接触出来るようになった……?"と無駄にシリアスな表情してそうですね。(まぁ元々ポーカーフェイスだし)そしてバカにしている後輩男も内心では大変な事になったと思ってそう。その神はゆるキャラですけどね。
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:22:02

リリー家の朝は早い。充血している寝不足の目を擦り欠伸をしながら新人警備員の男は今日も今日とて見廻と称して庭の散策をしていた。
元々花植物に興味はないがこの家の庭、庭師の腕がいいのかなかなか見事なのである。そして、というよりこっちが目的なのだが、早朝から庭の手入れをする庭師の少年は、今のところこのリリー家で新人警備員が最も話し易いと感じる人物だった。
暫く歩くと、作業着が土で汚れたいつもの立ち姿を見つけ、ゆるく笑みを浮かべて背後から近寄る。


「ん?お嬢サマ何してるんスか?」
「あ、ゼロさんおはようございます。……素振りをされているんです。熱心ですよね」


振り返った茶色の短髪を持つ少年は何処か困ったような笑顔で話しながら前へ視線を戻し、ゼロは彼の横に並んで少し離れた場所で重そうな武器を振るい鍛錬に励む女性の姿を眺めた。
彼女はこの家の一人娘、ネオン=リリー。もうこの洋館を出て一人暮らしをしているが、昨日は遅くまで新年のパーティに参加していたらしいので此方に泊まっていたのだろう。


「せっっっかくお嬢サマに生まれてきたんだからもっと優雅に過ごせばいいのになぁ」


豪華な庭での、やけにキレのいいスイング。
親も無く、物心ついた時には既に盗賊だったゼロは何処か呆れ混じりに吐いたが、隣から
返ってきたのはそんなゼロをやんわり嗜める様な優しい声だ。


「やっぱりお嬢さまにはお嬢さまなりに色々あるんじゃないですか?何度か誘拐されたこともあるみたいですし」
「ふ〜ん?だから家でゆっくりしてればいいし、出掛ける時はボディガードでもつけたらいいのにな」
「だけど、窮屈ですよ」
「そんなもんッスか?」

今すぐには解せないが、納得する必要性も感じない。他人の話だ。適当に話を終わらせ眩い日差しを受けながらゼロが欠伸を零した時、隣からも大きな欠伸が漏れてきた。

「あれ、珍しいッスね、眠いんスか?そういえばクマ出来てる」
「あはは……実は寝不足なんです。今日は変な夢を見てしまって……」
「変な夢?ああ俺も見た!!なんか俺しかもお嬢サマの夢でさ……」
「え?!ゼロさんも?僕もお嬢さまが変わった神社で働かれている夢を見て……」


 どうやら二人が見た夢は同じ内容のものらしい。ネオンが巫女?として白き神社で働いている夢。それだけの夢。だが何処か得体の知れない気味の悪さを感じる夢だった。実際起きた時は謎に疲弊していて、朝に強い筈の二人ともが寝坊した程だ。
こんな偶然はあるのだろうか。二人が顔を見合わせていると、洋館から騒がしい二人の家政婦達の声が聴こえてきた。


「どう!して!!受け取ったの?!」
「ご、ごめんなさい………どうしましょう〜〜〜!!!」


おっちょこちょいで胸のデカい家政婦ガブリエラの泣き言は珍しいことではないが、庭で話し合っていた警備員と庭師の二人は興味本位で洋館に入った。本日は鬼の家政婦アグリヌスがいないのである程度自由行動が出来るのだ。
玄関にて早速目に入ったのは大量の荷物。先に耳にしていた家政婦ヨーコの怒声から察するに、これが原因で不味い事になっているに違いない。見ると、荷物は全て差出人不明になっており、庭師はガブリエラに不安げに訊ねた。

「どうしたんですか?これ……」
「エディさん、ゼロさぁん〜、どうしましょう〜〜、受け取っちゃいけない品を受け取っちゃいました〜!!」
「この量……尋常じゃないッスね。中身はなんなんスか?」

「────中身は豆腐です。恐らく全て」


ヨーコが神妙な面持ちで言い放ち、一同に衝撃が走る。
豆腐、豆腐、何故に豆腐……?この大量の荷物全てが豆腐?老いぼれコックが豆腐祭でも企画して発注していたのか?わからないが、不穏な空気が漂う中ゼロと庭師エディはまたも顔を合わせ以心伝心していた。あの夢の中でネオンは……豆腐がどうだの、言っていた様な気がする。

そして、男二人以上にショックを受けている様子の家政婦二人組。
ゼロとエディがはっとして見ると、その瞳に涙を浮かばせるガブリエラにも、薄らと額に汗をかいているヨーコにも、くっきりと目の下にクマがあったのだった。



──────────────
パーティ会場、白の神社にてアリシア様とエンカ


晴れ着姿のアリシアちゃんが可愛い、貴重な回だったのに絹豆腐さんが最後に爆弾を落としていった為にやっぱり豆腐の話になってしまう後日談!!!
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:23:54
スペース確保
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:26:24
スペース確保
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By エンカ記録ss【ネオン】
2020-04-02 20:26:56
スペース確保
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