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<font color= #f9a1d0>店に戻ると、本日の営業について休みを知らせる木目調の看板はそのままに、鍵だけ開いている状態だった。 おかしいな、鍵は閉めて出掛けた筈──とネオンが首を捻りながら、しかしさして驚いた様子でもなく扉を開けると、中で雑談する声が聴こえて怪訝そうに眉を顰めた。 奥まで入ると、テーブル席に腰掛けた男性の後ろ姿と、その向かいで立ったまま話す女性──幼い頃から家政婦として一緒にいる、アグリヌスが見える。再度、自分の家政婦と話している男性を確認する様に見遣ってから、ネオンは口を開いた。 「アグリ、帰ったよ」 「ネオンさん!あの、どうでした?!」 見た目40代程の人間であるその見知った男性がネオンに気付くなり慌てて立ち上がったので、ネオンは含みのある笑みを浮かべてレッグポーチからあるものを取り出した。 くすんだ金色のロケットペンダント。男性の目の色が変わった。 「はっ!それ…!!」 「運が良かったね」 ロケットペンダントはネオンの手により無事に男性の手元へ戻って行った。 男性も、薄っすら涙を浮かべて何度も何度もネオンに礼を言ってからお金を払って帰った。 アグリヌスと二人きりになって、ネオンは大きく欠伸をしてからバックヤードへと入った。 「お疲れ様です」 と、アグリヌスが背後から声を掛けてきたのを、ネオンは振り返りもせずに返事をした。 「ほんっと疲れたよーもー」 本当に疲れた。どちらかと言われなくとも夜型のネオンが、今日は朝から先程の男性の為に"死の荒野"へ赴いたのだからそれはそれは大変な疲労だ。"死の荒野で大切なものが盗まれてしまったから取り返してほしい"。それが昨日受けた、先程の彼からの依頼だった。大切なもの、というのが件のロケットペンダントなのだが、若くして亡くなった妻の形見らしい。丁度暇を持て余していたところとは言え、簡単に受けるべき依頼ではなかったかもしれない。というのも、"死の荒野"とは様々な危険があって、確かにそう呼ばれる程に過酷な場所なのだ。それに、"失くしてしまった"ならまだしも、"盗られてしまった"と言うものだから余計にタチが悪い。死の荒野を陣取る強盗団を相手にしなければならないのは殆ど確定事項だったからだ。──否、広大な土地をあてもなく探し続けるより、実力があれば強盗団を相手にした方が遥かにましなのかもしれないけれど。 先程の男性はきっと、依頼したはいいが居ても立っても居られず、店まで来ていたのだろう。ネオンは見た目も"普通の""可愛い"女性であるつもりだし、そう自称してもいる。いくら"何でも依頼を受ける"(必ず受けるとは言わない)仕事をしているとは言え、そんな女性を死の荒野へ向かわせてしまった事に後から心配になったのかもしれない。単純に、一刻も早く帰ってくるネオンを迎え、結果を確認したかった可能性もある。もしくはどちらも。 「ふたりくらいヤッちゃったかも」 「そうですか」 「あれ磨いといて」 「畏まりました」 家政婦アグリヌスに、返り血と灰で汚れたメイスの手入れを命じてネオンは黒のソファに腰掛ける。疲労の溜まった全身の力を抜いて双眸をゆっくりと閉じた。──今回は運が良かった。依頼を受けたはいいが、盗まれたものは基本的にすぐに売られてしまうし、強盗団と言っても組織は一つではないし、魔物もいる中で自身の命に危険が及ぶ可能性すらあった。それが偶々、丁度黒の国に盗んだ品を売りに行くところであったのだろう3人の強盗団と遭遇出来たから。偶々その3人に勝てたから。そして偶々、3人の荷物の中に依頼の品があったから。帰り道もヘトヘトではあったが奇跡的に危険が何一つ無かった。(これまた偶々出会った旅人の祈りのお陰だろうか?)もし一つでも欠ければ、依頼をこなす事は出来なかった。 「帰りさ、グラウンド・ゼロに行ったヒトに会ったよ」 「そうでしたか」 「わたしも行ってみたいなぁ〜」 「どうしてですか?」 「どうしてって…だって行った事ないんだよ?気になるじゃん」 アグリヌスが雑談で疑問を返してくるとは珍しい、と、ネオンは片目を開けて彼女を確認したが、特段変わった様子もなく、彼女は早速武器のメイスの汚れを手際良く落としている最中だった。 「ね、わたしも冒険者ギルドに登録しよっかな?」 「遊びで行くような場所ではありませんよ、危険ですからおやめ下さい」 「なにー?今回の依頼は止めなかったのに」 「止めましたけど」 「でもそんなきっぱりと止めなかったよ。なんで?グラウンド・ゼロがどういうところか知ってるの?」 「存じ上げません。…そう云う地でしょう」 「知らないんじゃん」 「誰も理解されていないのですよ、幾度も調査を重ねて…。きっとお嬢様のような方が惨殺遺体となって帰ってくるのです」 「…今日はよく喋るんだね」 話す内容は気に要らないけど、と、ネオンは心の中でだけ付け足して、そのままソファに横になった。 虚白の地──グラウンド・ゼロ。各国が調査に調査を重ねている地。それでも、その大部分が謎に満ちているらしい地。そんな場所に遊びに行くのは刺激的でとても楽しそうだと思うのだけれど。 それにしても旅人って……気ままでいいかもしれないなぁ。(自分だって充分気ままな生活を送っているが。)それとも、何か目的があって旅をしているのだろうか?例えば、世界各地に眠る伝説の秘宝を探し歩いてるとか──尋ねておけば良かったかもしれない。帰り道に偶々出会った彼について、今更考えたって仕方のない事を考えていると、急に猛烈な眠気に誘われた。自分で決めた今日のノルマはもうこなした事だし、今はこのまま応じる事にしよう。 数分後、ネオンからは穏やかな寝息が聴こえる事となる。 アグリヌスはそんな彼女の側に甘ったるいものの入った小包をそっと置いた。貴女のお母様からです、と寝顔に小さく囁いて。</font> ──────────────── 黒の国、死の荒野にてアンゼ様とエンカウント
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