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聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
5
「汐のお母さんが彼らのことを? 知るわけないよ」

「じゃあ、どうしてお母さまが明石にお金をくれたの?」

“みんな”は毎晩来た。
 明石がいなくなっても、毎晩。
 信じられないくらい長い期間、僕は爛れた藍色の夜を過ごした。

 どれぐらいの金額がかかるのか、まったく想像つかないけど。
 きっと大金に違いない。
 理由もなく、まだ子供だった明石にお母さまは手渡すだろうか。

 明石は困ったような顔をして「嘘だって言ってるのに」と呟いた。
 それから一瞬の間の後、続けた。

「理由はあったよ。可愛そうなお母さま。汐が泣きながら庭園に行かなければ、あんな目に遭わずに済んだのかもね? ううん、汐が悪夢を見なければ良かったのかな?
 でも、そんなことは些細なことだ。重要じゃない」

「わからない! もっと、きちんと全部わかるように話してよ、明石。大切なことだよ、僕にとっては!」

 明石はにっこり笑った。
 子供の頃の、無邪気な笑み。

「聖王会に“姫”という役職がある。ね、汐。それを受けて聖王会に、俺のそばにおいで?」

「な……に、言ってるの、明石……」

 手が震える。
 タオルの端をぎゅっと握ったまま、僕はそろそろとベッドから降りて立ち上がった。
 明石の目を見つめたまま、壁づたいにゆっくりとドアへと足を動かす。

 離れなきゃ。
 明石から離れないと、大変なことになる。
 正気の僕が、頭の中で訴えてくる。

 お母さまに何があった?
 バルコニーから「足を滑らせた」んじゃないの?

 信じられない話を、お父さまの口が言ったんだからと飲み込んだのは僕だ。
 お母さまが明石にお金を渡したのは、僕のせいなの?

 いや、今、過去の思いに捉われていてはだめだ。
 昔の明石と、今の明石は違う。

「どうして“みんな”に僕を襲わせたの? どうして同じことを王軍にさせたの? お母さまが明石にお金を渡したのはどうして?
 僕がここに来たのは偶然だし、明石がいるなんて知らなかった。消えてほしいなら、すぐに聖風をやめて出て行くから、もうこんな酷いことしないで!」

「『偶然』?」

 明石は一言だけ問い返した。
 僕はこくりと頷く。

 そう、この学園へ来たのは偶然だ。
 僕を引き取ってくれた叔父 芳明さんが選んできてくれた学校へ、言われるままに編入した。
 聖風に明石がいるなんて知らなかった。

 明石はさっき見せた、親しみのこもった笑みを浮かべた。
 優しい、子供の頃によく見た表情に、心が囚われそうになる。

「そうだね、偶然だね。でも、出ていく必要なんてない。汐はやっと俺のそばに来れたんだ。ずっとそばにいるといい。小さい頃みたいに、ずっと」

 違う。
 明石の言葉と行動は別々だ。
 言っている台詞が、イコール本音じゃない。
 お母さまの話だって、本当かどうかわからない。

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