聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
6
「明石は僕と一緒にいたいなんて思ってないよ。でなきゃ、あんな酷いこと、どうしてできるの? 僕だってもう小さい子供じゃない。そばにいたい人くらい、自分で決められるよ!」
興奮して涙が出てしまっていたけど、かまわず一気にぶちまけた。
言うだけ言って、背中についたドアへ、きびすを返してそのノブを手に取った。
僕の部屋にはない鍵が、この部屋にはついていて解除するのに一瞬遅れてしまった。
明石が僕の話を聞いて、どんな顔をしたか見えなかった。
ドアが影ったと思ったら、すぐ背後に明石が立っていた。
ぞくりとした悪寒が走った。
耳元に寄せられた唇が、低く囁く。
「君は……まだその手に、何か頼れるものを持っているんだね……?」
「な、なに?」
手の中?
思う間もなく、後ろから羽交い絞めにされた。
肩からかけたタオルに手がかかって剥かれそうになるのを、必死に力を入れて抵抗する。
明石の思い通りにはならない。
「汐がそばにいたい奴って、誰?」
「嫌だっ! 誰かっ……助けて!」
誰もいない。
いるわけない、消灯時間は過ぎている。
過ぎていなくてもネザクの、聖王の個室からの悲鳴になど、誰が応えてくれる?
規律を守らせる王軍は、聖王の手足だ。
右手が痛んだ。
僕をドアに押しつけた明石が、手に歯を立てていた。
食い込んだ歯が皮膚を破って、血を滲ませる。
獣じみたその目は、刃のようで。
僕の全身に恐怖を走らせた。
「やめて……あか……たすけて……」
過去も今も、自分の力ではどうしようもできない大きな力に振り回されて。
その影に、もしかしたらいつも明石がいたような気がして。
僕の体にのしかかろうとする明石に、底知れぬ恐怖を感じた。
「──っ…!?」
唐突に、ドアが開いた。
前のめりに廊下に転がり出た僕は、反対側の壁に肩をぶつけて、止まった。
廊下の床に長く月光が差し込んでいて、ドアと僕との間に立っている生徒を浮かび上がらせた。
「茂孝。呼んでないけど」
部屋の中から、明石の呻くような声が聞こえた。
ドアを開いたのは、腕に金獅子の腕章をした生徒だった。
(王軍!)
顔は知らない。
知らないけど。
王軍なんて、誰でも一緒だ。
体がかたかたと震えだして、立ち上がれない。
今すぐこの場を走り出してケセドに帰りたいのに、足が言うことを利かない。
「叫ぶ声が聞こえたので。君、大丈夫? 立てる?」
明石に『シゲタカ』と呼ばれた王軍の一人は、僕に手を差し出してきて、立ち上がらせた。
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