聖王の御手のうち(本編+SS/完結)
4
唇の熱をすすらなくなった僕に、明石は少しだけ体を離して覗き込んできた。
刃のような暗い光を帯びていた目が、今は熱に帯びている。
「明石……僕は、明石から答えをもらってない」
「答えって、どんな質問だっけ?」
僕のあごにちゅっと音を立ててキスをくれながら、気のない返事を寄こしてくる。
明石の肩をぐいと押し離して、真正面から彼の目を見据えた。
まだ一点に視点を定めると、輪郭がぶれるみたいに見えるけど。
ここで目を離してしまうのは、だめだと思った。
「今夜、僕を王軍に襲わせたのは、聖王である明石なの?」
押し戻された明石は、それ以上僕に近づこうとはしなかった。
僕から視線をついとはずして、立ち上がる。
「ごめんね、汐。対処が遅くなった。梅の計略に気づくのが遅くなって、君を恐ろしい目に遭わせてしまった」
クローゼットの中から出してきたのは、大判のバスタオルだった。
洗剤の良い香りがするタオルをふわりとひろげて、僕のほうに差し出しながら「……なんてね」と明石は笑った。
手触りが柔らかくて、ちょっと黒いウサギに似ていると思った。
広げたタオルを肩にかけて、裸の体を覆いながら「……違うの?」と返す。
今度は、明石の顔を見ることはできなかった。
答えが怖かった。
「汐は四年前、男たちを連れてきたのが俺だって、知ってるよね?
可愛そうに、口の軽い男の適当な嘘に惑わされて」
がばっと顔が上がった。
明石に目を合わせる。
安堵したいのに、どうしてか心臓がどくどくと鼓動を打っている。
「嘘、だったの? おじさんたちを連れてきたのは、明石じゃなかったんだよね? 良かっ……」
「本当だよ。男たちを呼んだのは、俺。彼らに支払う金はね、汐のお母さんがくれたんだよ」
くすくすと洩れる苦笑。
胸を打つ鼓動が速くなる。
言い知れぬ不安が、暗雲のように広がっていく。
「お、お母さま……? お母さまが、どうしてこの話に出てくるの? 適当なこと、言わないで……」
大好きだよ汐、と続く明石の声が遠く聞こえる。
鼓膜が靄に包まれたみたいになって、聞こえにくい。
「嘘。何でも信じてしまうんだね。君はいい子だね、汐」
体が震える。
明石がわからない。
嘘?
何が嘘で、何が本当?
でも、明石が故意に僕を襲わせたんだとしたら、僕はとんでもない思い違いをしているということになる。
僕は明石に助けてもらえるどころか、憎まれてさえいることに。
それに、
「明石、本当のことを教えて。どうしてお母さまは明石にお金をくれたの? お母さまは、おじさんたちのことは知ってたの?」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!