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Season企画小説
ハワイアナ・1 (プロ阿部×アナウンサー三橋・年末年始SP)
※この話は、アナアナアナ穴ロケアナ の続編になります。





 大音量の賑やかな音楽を背景に、花火が夜空を絶え間なく彩る。
 周りの観客が音楽に合わせて歌い踊り、見知らぬ誰かと乾杯を交わして、大みそかを祝ってる。
 海外の大みそかは日本みたいに、除夜の鐘を聞きながらしめやかに……っていう雰囲気とは真逆で、派手で賑やかだ。
 ここハワイでも、あちこちでカウントダウンパーティが催され、花火を見ながら盛り上がってる。
 特に耳につくのは、きゃあきゃあと笑う女の子の声だ。
「Are you free tonight?」
「Hi! How's it going?」
 オレの隣で、「OK,OK」って適当に返事する男の声が、気になって仕方ない。
 イヤホンからの音と、目の前のモニターとに注意してなきゃいけないのに、あんま集中できなかった。

『三橋アナー? あれ、聞こえてないんでしょうか? 三橋アナー?』
 イヤホンからの呼びかけに、「うおっ」と焦る。
「あ、はっ、はい。聞こえてます」
『三橋アナ……』
 オレの返事と、イヤホンからの声がタイムラグのせいで一瞬重なる。
 イヤホンのはまった耳を押さえ、マイク越しにもっかい「はい」と返事すると、ようやく向こうも気付いたみたい。台本通りのやり取りに移った。
『三橋アナ、そちらは随分賑やかですねぇ』
「は、はい。こちらハワイでは、後もう少しでカウントダウンに入ります。花火や爆竹の音に加え、アーティストのみなさんによる生演奏が行われておりまして、非常に賑やかな年越しになりそうです」
 オレのセリフを合図にして、カメラがゆっくりと動いて周りの様子を映し始める。
 マイクを構えたオレの後ろで、野次馬が手を振ったりおどけたりするのは、生中継ならではのお約束だ。

 モニターの向こうでは、正月風に派手に飾られたスタジオに座って、先輩アナウンサーたちが『南国のお正月もいいですね』とか『ハワイとは時差が19時間あって……』とか、台本通りの適当なコメントを交わしてる。
 その会話の途切れるのを待って、カメラから死角になるようしゃがみ込んでたADさんが、軽く手を挙げて合図した。
 再びオレに向けられるカメラ。それと同時に――。
「みなさん、こんばんは!」
 すぐ側に立ってた人が、マイクを持つオレの手をぐいっと掴んで、そこに声を吹き込んだ。
『あっ、ああっ、阿部選手!』
『埼玉レオネスの阿部選手ですね!?』
 台本通りのわざとらしい紹介に、阿部さんがふふっと笑った。
 トップアスリートらしい爽やかな笑み、間近に聞こえる深みのある声に、ドキッとする。

「日本のみなさん、明けましておめでとうございます」
 阿部さんが、台本通りの挨拶を口にした。
『おめでとうございます、阿部選手。阿部選手はハワイで自主トレ中ですか?』
「そうですね……」
 続くスタジオとのやり取りも、打ち合わせ通りだ。勿論、オレのセリフもある。
「ハワイには阿部選手の他、一流選手の方々が熱心に自主トレに励んでおられます。私も4日前からハワイ入りをしまして、密着取材をさせていただきました」
『それは羨ましいですね……』
 台本通りのスタジオからの相槌。それを聞きながら、覚え込んだ次のセリフを思い浮かべる。
 普段はドモリがちなオレも、原稿をスラスラ読むのは割と得意だ。あらかじめ台本を頭に入れておけば、生中継だってちゃんとこなせる。

 ただ、急なアクシデントに対処するには、ちょっと経験が足りなくて――。
「三橋」
 カメラが逸れた瞬間、横から肩を抱かれ、こめかみにちゅっとキスされて、とっさに「ふえっ」っと大声を上げちゃった。
 スイッチが入ってる状態のマイクに、思いっきりオレの声が拾われる。
 しまった、と思ってももう遅い。頭の中から段取りが何もかも消え去って、何を言うべきだったかもぶっ飛んだ。
『どうしました、三橋アナ?』
 モニターの向こうのスタジオから、ワンテンポ遅れていぶかしげな声が聞こえる。
「ふえっ、いや、う、えっと……」
 なんとか誤魔化そうとしたけど、気の利いたセリフ1つ思い浮かばない。助けを求めてカメラさんやADさんの方を見たけど、声を殺して笑ってるだけで、ガーンとなった。

『えー……何かアクシデントがあったようですね』
『ハワイではもう間もなくカウントダウンを迎えます』
 スタジオで、先輩アナがフォローしてくれてるのを、イヤホン越しにビクビクと聴く。
『三橋アナー、落ち着きましたか?』
「は、はいっ」
 声が裏返ってるのを自覚しながら、カメラを見据えてまっすぐ立つ。
『三橋アナによる、阿部選手の自主トレ密着取材の様子は、1月8日日曜日の特集番組でお届けの予定です』
「はいっ。ぜ、ぜひご覧くだしゃい」
 噛んだ、と悟ったけど、もう立て直す余力がない。気にしないフリで手を振って、中継終了の合図をひたすら待つ。

「はい、OK」
 ディレクターさんの声が響くまで、頭の中はぐるぐるで、どうしようどうしようって思いでいっぱいだった。
 がくーっとヒザから崩れ落ちそうになるのを、横からガシッと支えられる。
「おおっと、気ィ付けろ」
 って。誰のせいだと思ってるんだろう。
「うう……」
 文句を言いたくても言えなくて、鼻息も荒く振り返る。涙目でじろっと睨みつけると、「怒んなって」って笑われた。ヒドイ。

 さらにヒドイって思うのは、両脇に露出度の高い女の子を張り付かせてることだ。
「Why don't we go to the party together?」
「Won't you join us?」
 さっき、中継の待機中にも聞こえてたけど、思いっきりナンパされててムカッとする。
「OK,OK」
 阿部さんは適当にあしらってるつもりかもだけど、彼女たちには全然通じてなくて、いつまでもしつこくてモヤモヤした。

 けど、オレの心情なんて、撮影を終えたスタッフには関係ないみたい。
「はいはい、撤収撤収」
 オレの手の中からさっとマイクが奪われて、イヤホンが外される。ADさんが忙しそうに走り回り、照明さんが去っていく。
 落ち着いて花火を楽しむなんて、余裕な気分にはなれそうになかった。

(続く)

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あきゅろす。
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