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Season企画小説
ハワイアナ・2
 結局女の子たちを遠ざけたのは、阿部さんでもオレでもなく、無秩序なシャンパンシャワーだった。
 ふと気付くと、大音量の歌が終わって、カウントダウンになってて。
『3、2、1、Happy New Yeeeaaaar!』
 マイク越しのMCと共にド派手な花火が打ち上がり、周りにいた何人かがシャンパンの瓶をシェイクした。
 あっ、と思う間もなく、ぶしゃーっぶしゃーっと次々吹き上がる炭酸。いい年した大人たちが、飲んで騒いでぶっかけ回って、あちこちできゃぁきゃぁと悲鳴が上がる。
 シャワーっていうより、シャンパンファイト。ビールやコーラも混じってるみたい。
 無法地帯だ、な。
 「HaHaHa」って笑いながら容赦なくぶっかけられ、うう、と唸る。
 阿部さんと一緒にいた、自主トレ中の野球選手の人たちも、どっかから炭酸の瓶を手に入れて、互いにかけ合って騒いでた。

 最初からそのつもりだった人たちはいいけど、オシャレしてた女の子は、そりゃ避けるよね。オレも避けたい。けど、どうすればこのカオスから抜け出せるのか、分かんない。
 上空に打ち上がる花火、地上で弾けるたくさんの爆竹、演奏を開始したアーティストが、大音量でロックを奏でる。
 撤収したと思ってた撮影スタッフが、無法地帯にカメラを向ける。中継は終わったハズだけど、何かの折に使うのかな? ふざけることも多いけど、こういうとこ見ると、やっぱりプロだ。
 オレはどうなのかって言うと、まだほんの駆け出しに過ぎない。
 人混みに揉まれながらぼうっと立ってると、名前を呼ばれて肩を抱かれた。
「三橋」
 耳元で大声を出され、のろのろと顔を向ける。
 同じくプロとして、野球界を引っ張ってる阿部さんは、試合じゃ見せないくらいのスゴクいい笑顔、で。
「どうした、疲れてんな。眠ぃのか?」
 気遣うように訊かれて、じわじわと嬉しくなった。

 阿部さんは、自分もシャンパンファイトに混じってたみたい。シャツも頭もびしょ濡れで、シャンパンの瓶を片手に持って、大きな手で濡れた髪を掻き上げてる。
 整った精悍な顔にも何かの雫がしたたってて、すごく色っぽい。
 黒っぽい雫は、コーラかな?
 今、ほっぺ舐めたら甘いんだろうか? そんなことを思ってぼうっと見つめてると、ふっと顔を寄せられた。
 べろっと頬を舐められて、「ひゃあっ」と思わず声を上げる。
「甘ぇ」
 ははは、と笑いながら言われて、むうっと唇をとがらせる。同じこと考えてたんだって思うとちょっと嬉しいけど、からかわれるだけだから秘密、だ。
「阿部さん、は、酔ってるで、しょー?」
 怒ったフリでそう言うと、阿部さんは「ははっ」と陽気に笑って、オレの肩を抱き寄せた。

「そーだな、酔ったからホテルに戻ろーか」
 囁くついでに耳元を舐められ、また「うひゃっ」と声を上げる。
 酔ってるのか、わざとなのか、ハイになってるのか分かんない。中継の時にもキスしたりするし、やっぱりとうに酔ってたの、かも?
 女の子をまとわりつかせてたのにはムッとしたけど、人目もあるし、ファンサービスだと仕方ないかも。邪魔だと思っても邪険にしない、オトナで紳士的なとこも好きだ。
 人混みの中、ちゅっと軽くキスされて、ぼんっと顔が赤くなる。
 カメラは回ってないし、マイクもないけど、そういう問題じゃないと思う。
「も、もうっ」
 厚い胸をぽかっと叩いて抗議すると、阿部さんはまた嬉しそうに声を上げて、「怒んなよ」って笑ってた。


 真夜中だっていうのに、ホテルのロビーにはまだ明かりが点いてて、人もいっぱいで賑やかだった。
 シャンパンや何かでびしょ濡れになってる人は少なくて、迷惑になんないよう、エレベーターでそそくさと上がる。
 ホテルスタッフに「お客様困ります」って言われたらどうしようってビクビクしたけど、呼び止められずに部屋まで戻れて、よかったと思った。
 いつもしーんとしてるホテルの廊下も、今日ばかりはちょっと騒がしい。
 それでも部屋に入ると、花火の音さえ聞こえない。
 ぱたんとドアが閉じると同時に、肩を掴んで振り向かされて、ぎゅっと強く抱き締められる。
 このホテルには、撮影スタッフもいないからゆっくりできて安心だ。
 密着取材用にって用意されたホテルは別にあるんだけど、オレは初日からずっと、阿部さんと同じ高級ホテルに泊まってる。
 一応ツインなんだけど、ベッド1つ1つがダブルくらい大きくて、一緒に寝ても窮屈じゃない。

 ハワイ入りして以来、ずっと自主トレに励んでた阿部さんは、すっごく格好良くて素敵だった。
 オレも後から現地入りして、朝から晩まで文字通り密着したけど、プロの運動量ってすごいんだなって、改めて感動した。
「三橋、Happy New Year」
 響きのいい低い声で新年の挨拶を告げられて、「は、い」とうなずく。
 アゴをすくうように上向かされて、与えられた新年最初の深いキスは、ちょっぴりお酒の味がして、いつも以上に甘かった。
 肉厚の舌を差し込まれ、オレも応じて舌を絡める。
「う、は……。お、めでとうござい、ます」
 弾みかけた息を吐き、遅ればせながら挨拶を言うと、阿部さんがふふっと艶っぽく笑った。
「ああ……今年もよろしくな」
「こっ、こちら、こそ」

 よろしくお願いします、と、全部言い終わる前に唇を塞がれて、「んむっ」と声を漏らす。
 オレのシャツも、阿部さんのシャツも、どっちも炭酸でべとべと、で。
「風呂行くか」
 短い誘いを断るなんて、選択肢はなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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