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小説 1−8
アナアナ・1 (プロ選手阿部×新人アナ三橋)
 アナウンス部の上司に呼び出され、いきなりバラエティの仕事を振られたのは、10月の末のことだった。
「う、えっ、バラエティ?」
 与えられた原稿を淀みなく読み上げることはできるけど、それ以外の喋りには自信がない。
 アドリブもできないし、焦るとドモるし。アナウンサーとしては失格かもだけど、上司だってそれは分かってるハズだ。
「三橋はニュース向きだな」
 って、前にもそう言ってたのに。バラエティって何の冗談かと思った。
「な、なんでです、か?」
 迷わず質問すると、「評判良かったらしいぞ」って。
「前にお前、スポーツコーナーの助っ人で、野球選手にインタビューしたことあっただろ? あれ、すごい好評でな。という訳で、ディレクターからのご指名だ」
 ぽんぽんと肩を叩かれて、「ご指、名……」と呆然と呟く。ちっとも嬉しくない。

 スポーツコーナーの助っ人、っていうのも、オレにとってはなかったことにしたい記憶だ。
 夕方の野球場、間もなくナイターの試合を迎える緊迫したブルペンに押しかけて、人気も実力もある憧れの名捕手に、マイクを向ける。忘れもしない、ほんの数ヶ月前だ。
『阿部選手、チームの仕上がりはいかがですか?』
『ペナントレースもいよいよ後半戦に突入ですが、今のお気持ちは?』
『相手チーム、今日はメジャーからの強力な助っ人・ティーン選手を4番に迎えてぶつけてくるとの情報ですが、今の意気込みなどをお聞かせください』
 渡されたインタビュー案は何度も読んだし、練習では完璧に言えたのに。いざマイクを向けると緊張しちゃって、ドモッてドモッて、ダメダメだった。
『阿部せっ、んしゅ。ちっ、チームの仕上がりは、いかがでしゅ、か……っ』
 最後に思いっ切り噛んじゃって、一気に顔に血が上った。
 もう、ホントに忘れたい。
『……はあ?』
 涼やかな垂れ目を真ん丸に見開いて、驚いてた彼の顔も、ホントにもう忘れたかった。

 そもそもそういう有名人へのインタビューって、普通は可愛い女子アナの仕事だと思うんだ。
 誰だって、オレみたいな貧相な男にマイクを差し出されるより、にこにこ可愛い女の子の方が嬉しいと思う。
 ただ、当の阿部選手が硬派っていうか、女嫌いのカタブツだって噂で。「ぽやぽやした女なんか、男の戦場に入れんな」ってキツイ要望があったんだって。
 そんで、急きょオレが駆り出されたんだけど……インタビューはグダグダで……しかも、妙なこと口走っちゃって……。
 はあ、とため息が漏れる。
 思い出したくない。
『ちょっとは落ち着けよ、面白ぇな、お前』
 苦笑しながら大きな手で、ぽんぽんと頭を撫でられた記憶が頭をよぎる。カタブツって噂の阿部選手が、思ったより優しかったのが救いだった。

 それなのに……評判よかったって?
「ウソ、でしょー?」
 思いっ切り疑いの目を向けたけど、仕事は取りやめにならなかった。
「ギャップ萌えだよ、三橋君」
 って。
 ニュースを淀みなく読む姿と、真っ赤な顔でドモリまくり噛みまくりの姿とあまりにも差があって、ギャップが可愛い、って、ホントに好評だったんだって。
 ちっとも嬉しくない。
 そりゃ、オレはまだ新人だけど。どうせ評判になるんなら、本業の方で実力を発揮したかった。
 野球選手へのインタビューだって、試合前にお邪魔するんじゃなくて、ヒーローインタビューしてみたい。
 喜びにわくグラウンド、フラッシュが無数に光るお立ち台、汗にまみれた選手に、『おめでとうございます』ってマイクを向ける。すっごくやりがいある仕事だ。
 でも、この前のアレみたいにドモリまくりの噛みまくりじゃ、夢のまた夢かも知れなかった。

 原稿読むのは得意なのに、アドリブはからっきし。でも、このアドリブの力って、どうやって鍛えればいいんだろう?
 はあ、とため息をつきながら、報道局を出てバラエティ局に向かう。
 オレを指名してくれたディレクターさんは、「三橋君、ようこそ」って歓迎してくれたけど、その後連れて行かれた制作会議は、ホントに居心地悪かった。
 オレが任されることになったのは、有名人のお宅訪問コーナーだって。アドリブばっかになるのは明らかで、一気に血の気がザーッと引く。
「む、む、む、む、む、無理、です」
 ガタンと立ち上がって言うと、「ははは」って一斉に笑われた。
 「いいねぇ」とか、「初々しいねぇ」とか、意味が分かんない。
「テンパるとドモり癖が出る新人アナ、ついでに赤面症、キャラが立ってるね」
 キャラ、って。それも意味が分かんなかった。
「計算じゃないの?」
 中には疑わしそうに顔をしかめる人もいたけど、ほとんどの人は笑ってる。

「芸人みたいにスレてないのがいいね」
 とか。
「天然は貴重だよ」
 とか。
「アナウンサーはギャラが安い」
 とか。もしかしたら、最後のが一番重要なのかも知れないけど、とにかく色々プッシュされて、反論もできなかった。
 唯一救いなのは、それがレギュラー番組じゃないってことだ。
 8時からの2時間スペシャルで、お宅訪問は10分枠を3本。3人の有名人のお宅に伺って、色々話を聞いたり、質問したりするんだって。
「大体の台本は決まってるから」
 そう言われれば、うなずくしかない。そもそも、社員であるオレに、拒否権なんかなかった。

(続く)

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