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さよなら、


「大丈夫か!?」

レノが去って、クラウドは改めてケリーと向き合い、何ともないかと確認をした。


「………どうしても、殺してくれないの…?」


だが、彼女から発された言葉はまだ死を望むものだった。


「ケリー……ごめん。」


「クラウド…」


「ごめん」


心が痛い。苦しい。

思いに任せて、クラウドはケリーを固く抱き締めた。


「ごめん。…好きなんだ」

「っ…」


ケリーが息を飲んだ気配がして。
クラウドはやっと、張り詰めた心が少し弛んだようだった。


「やっぱり、君が好きだ。
君が…タークスだろうと、俺を、騙してようと」

『チョコボはね、きっと、心が見えるんだと思うの。
クラウドの心が綺麗だって、チョコボにははっきり見えてるんだと思う』

チョコボが苦手だと言ってたケリー。
チョコボには怯えられるって寂しそうに笑っていた。
その後ろで、チョコボが気遣うように近付いて来ていたの、君は気付いていた?

「俺じゃない誰かを好きでも。
俺のこと、忘れてしまったって、良いんだ」

クラウドの中には、思い出があるから。
それに、クラウドの心の中の「好きだ」って思いは、たぶん、そうそう無くならないだろうから。
それはケリーが誰を想っていようときっと不変な思い。

『俺、ソルジャーになるよ!』

夢だった。
ケリーに出会って、一度拒絶されて。
クラウドの夢は、そのお陰で力強い目標となった。

「そうだな。…あの時と、何も変わらない。
俺は、ケリーを追い掛けるだけだ。
不本意ながら…ソルジャーにだってなれたんだ、追い掛けるのは結構得意、なんだ」

「………クラウド…」

「だから、ごめん。
俺に、君は殺せない」


「…………わかった…。
なら、…私は、ここにはもう居られない」

「ケリー?」

クラウドは、彼女から身を離して様子を伺う。

「明日の朝、私は発ちます。
今まで…ありがとうございました」

「朝?
研究所に行かないつもりか?」

「…………」


言葉もなく。目も合わせようとしない彼女に、ぞわりとした。

「…生きていて…欲しいんだ。
俺なんかの…すごい身勝手で傲慢な願いだって、わかってるけど…。
もう二度と会えなくても、この星のどこかで、生きていてくれないか?
いつか、会いに行く。…そう言わせてくれ」

「…………わかった。
しょうがないな…、クラウド、
約束するよ」

そう言って、彼女はやっとクラウドを見て微笑んだけれど。

「…酷いな…」

「っ、クラッ…んっ…」

あまりに、酷い。
嘘とわかって、
死に向かう彼女を見送ることは出来なかったから。
酷い人。
それなら、クラウドだって、我慢は止めたくなる。

俺も十分狡いけれど、と頭の片隅で思いながら、ケリーの唇を奪っていた。

「な、で…」

「悪いけど。
これだけは、…騙されてやれない」

嘘、だったろ?

ケリーは、驚きを隠せずに目を見開いたままで、そこからひとすじ、涙が零れる。

「ケリーっ!?
ご、ごめん、俺っ…悪いっ」

酷い嘘への仕返し?としたって、強引にキスするなんてさすがに…なんてことしたんだ!と今さらになって冷静になり、慌てて謝り倒すクラウド。
しかし、彼女はゆっくり首を振るだけで、後から後から流れていく涙がただ痛々しく見えた。

困惑の中にいるクラウドは、再びごめん、と呟きつつ、彼女の涙をせめての思いで拭って。
すると、困ったように、彼女が微笑んだ。
嘘偽りのない、微笑みだった。
心臓が握られたような気持ちで、クラウドは固まるのだった。

「…だって…クラウド、無茶、言わないで。お願いだから。
もう、仕方ないんだよ、他に、選べる道はないの」

「どういう、意味だ…?」

頬に触れるクラウドの手に、ケリーが自身の手をゆっくりと重ねる。

「私は、幸せになんてなれない」

「ケリー…」

「あれだけの罪を犯して、
私が幸せになんて、なっちゃいけない」

反論しようとしたクラウドだが。

「クラウドは、幸せになれるの?」

彼女のその問いが、胸に突き刺さり、言葉は出せなかった。
だから、無言で、俯いた。

「私は、私の幸せを望まない。
貴方と同じ」

「…………」

「貴方と違うのはね、
死が…誰かの悲しみにならないこと。
これ以上生きているとね、どんな悲しみの中にいても、どこかで必ず幸せを見付けてしまうから。私は…もう、終わりにしなきゃいけないの。
でも、貴方は苦しくても、生きなきゃ。
仲間が、ティファさんが、マリンちゃん、デンゼル君がいるから。
彼らを悲しませては駄目」

「それは!君も同じだ!
レノが!俺が!ティファも、デンゼルも、マリンも、きっと悲しむ!」

「クラウド。
レノはね、…私と同じなの。
同じだから。わかってくれる。
クラウド、貴方も。わかるでしょ?同じだから。
ティファさんたちには、遠くに行ったと伝え」

「嫌だ!」

「クラウド…」

「嫌だ!わからない!
そんなに死にたいなら、俺は…監視してでも、ここから離さない!」

「それは、…一番困るかな」

「なら好都合」

「違うよ、クラウド。
それは一番選んじゃいけない。絶対に。
それは、一番の幸せになってしまうから」

「…え?」

また、ぽろ、と涙が零れる。

「貴方のそばにいることは…」

らしくもない。彼女の声が震えていた。
真実の響きがした。

「私の、一番の幸せ、だから……」

それだけは、駄目なの、と。

「それは…」

「クラウドが…ティファさんと結ばれてたとしても、…そばにいるだけで、私は…幸せだと思ってしまった。
クラウドの言う通り、クラウドが誰を想っていようと関係なかった。
だから、記憶、本当に無くしてしまえば…って思った。けど、…きっと、記憶を無くしたって…何度でも、私はクラウドを想ってしまうから」

だから、ごめんなさい。

「クラウドが、好きです」

「…っ」

「出会えて、幸せでした。
最期に、一緒に、過ごせて…っ、幸せ、でした。
さよなら、だね」

「ケリー、…ケリーっ」

「クラウド、」

どうしたらいい?
どうしたら、彼女は生きてくれるんだろう?
抱き締める。
もう、離したくないのに。

「俺も…好きだ…」

でも、どうしてか。
これ以外に道がないことを受け入れようと、心がもがいている。
どこかで理解しているのだ。
『幸せになんてなれない』自分達の姿を。

「……それ、ほんとかなぁ?」

「ん?」

「ティファさんとクラウド、お似合いだと思ったんだけど」

まだ涙混じりのくせに、ふふ、となんだか聞き逃せないことを言う。

「なっ!
ティファとは…なんでもないんだ。
大事な人だとは思うけど…ケリーのこと思い出してからは…俺、」

「いいの、…もし、いつか…クラウドが幸せになったらいいなって、思っただけ」

「俺を幸せにしたいなら、君が生きていてくれるだけで良いんだけどな?」

「そっか…残念だ…」

「ケリーこそ!
なんだよ、レノと、その…」

「うん、…ずっと支えてくれたの。
その前から、レノの気持ちは知ってたけど。
最期に、レノと残された者同士、助け合うのも悪くないかなって思ってた」

「じゃあ…」

「でもね、…この前、レノに言われちゃった。
これ以上二人でいても、未来は見えない、見せられない、って。
俺は前に進む、って。
フラれちゃったんだろうなぁ」

「レノのこと、好きだったのか…?」

「大事な人、よ。いつまでも」

「……でも、もう…俺はレノに君を預けられないな」

「え?」

「あいつ、君のこと、自分が幸せにするって言ったんだ。
俺の出る幕はないって。
なのに、君をこんな状態で、俺のところに連れてきた。
レノには、君を幸せに出来なかったってことだろ?」

「………ここに、あったから、ね」

私の幸せ。

クラウドの胸にぎゅ、と頬を寄せ、
ケリーは少し寂しげに続けた。

「ねぇ、……今晩だけ…、
二人で、いても良いかな?」

「ケリー?」

「このまま、今だけ…、幸せになっても良いかなぁ?」

「…………うん」

「朝まで…、朝までだから。
許して、ください。
ごめ、なさ…、ごめん、なさい…」

「うん、…うん。
誰も許さなくても、…俺が、許すよ。
だから、俺も…。君と、過ごしたい」

見詰めあった瞳は、
二人とも、ソルジャー色に染まっていた。

「クラウド…、私、
たぶん、この星の中で一番幸せだよ」

明日には、消えてなくなる幸せを、
本当に幸せそうに噛み締める彼女に胸を締め付けられながら。

どうしようもない哀しみと、幸せを飲み込み、口づけを落とした。




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