分過剰
時々増える、短いお話


By 甘いシズイザ

ゆらゆらと、気持ちが良い。
暖かくって、優しい手が頭を撫でているからだ。

擦り寄ると、微かに聞こえる、笑い声。
それから、ぽんっと手が置かれる。

気持ちがいいな、すごくいい。
ねぇ、やめないで。もっと撫でてよ?

「はよ」

「……おはよう」

ぼんやりとした視界の端に、俺から離れていくシズちゃんの手が見えた。慌てて手を伸ばすが、うまく掴めなかった。

「何してんの?」

「別に…何も」

していない、と言おうとした所でシズちゃんは煙草に火を付けた。
だからか、撫でるのやめたのは。

じっと見つめていると、シズちゃんはやっぱり笑うのだった。

「猫みてぇ」

「仕方がないじゃないか。猫なんだから」

「へぇ」

まじまじと俺を見たシズちゃんは、髪の中に手を突っ込むようにワシャワシャしてくる。撫でられたかったけど、これはちょっとイマイチだ。

「なにしてんの」

「耳探してんだよ」

「あるじゃないか」

「ちげぇよ。猫ならモフモフした耳があるハズだろ?」

「ないよ、そんなの」

バカなシズちゃん。
そんなの、人間の俺にあるわけないじゃない。

「…猫だって言ってたじゃねぇか」

あれ?拗ねてる??
バカだなぁ、シズちゃん。俺が言ったのは気分の話。

「………ん、だよ」

甘く噛み付いた唇。
驚いた顔は面白いけど、煙草の灰がベッドに落ちたのも見えた。

ああもう、だからベッドでは吸わないでって言ってるじゃない。

「仕方ないだろ…テメェが、んな事…するから」

「いいの。俺は今日猫の日だから。じゃれつきたい気分なんだよ」

君が言ったんだよ、猫みたいって。
だから決めた。今日は、猫の日。






今日は、なんの日?
(貴方を、愛しいと思う日です)





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By 派生練習


カーテンの隙間から零れる日の光に、眉をひそめる。
朝は、なんでこんなに眩しいのだろう。

眩しくて、でもキラキラしているから少し好きだ。綺麗なものは、見ているだけで気持ちいいから。

「くぁ……んっ、」

欠伸を一つ。
寝転がったまま伸びをして、身体を伸ばし、それからもう一度枕に顔を埋める事にした。

「まだ寝ンのかよ」

「寝る」

傍に立っていた事は知っている。
視界に入っていたし、気配でも分かる。

なるべく、僕に起きて欲しいと思っているって事も。

それでも、どうにも眠い。朝なのだから、仕方がないだろう。
手探りで毛布を探し、くるりと包まる。足の先まで暖かくなる。同時に、煙草の匂いがずっと強くなる。はぁ、と息をつけばそれは満たされたような気持ちを運ぶ。気持ちが良い。このままずっと、眠り続けていたらそれが僕の一番の幸せになるだろう。

「そうか…」

すたすた、すたすた。
これで部屋から出て行くなら面白くないけれど、そうではないみたいだから。覗き込んできた顔を、笑いながら迎える事にした。

「って、おい!いきなり抱きつくな、危ないだろ?!」

「抱きつかれにきたんじゃないのか?」

「誰が!」

「お前が」

「…………………」

「…………………」

きっとこれは、先に話した方が負けのゲーム。
だんまりを続けていると、抱きついた先からいい匂いがすると気が付いた。

「? 甘い匂い…」

「……ホットケーキ。まぁ、テメェが起きないなら俺が食「起きた」

「起きてねぇよ。俺に引っ付いてるだけじゃねぇか」

「だって眠いんだ。でも起きて、喋ってる。だからホットケーキ」

じっとその顔を見つめれば、溜息が聞こえてくる。
きっとこの後、渋々と許可が降りるんだろう。

「……しょうがねぇな。顔洗ってからな」

「うん。洗ってくれ」

「ざけんな!なんで俺が…!」

「水、冷たいじゃないか」

「………………………」

「………………………」

またこのゲーム。
好きなのかな。僕はあんまり、面白くないんだけど。

「はぁ…。テメェ、なんなんだよ」

「僕は僕だ。それより、ホットケーキ」

「くそっ…ワケ分からねぇの拾っちまったな…あのノミ蟲の仮装だったら起きると同時に殺そうと思ってたのによぉ…」

「……そう言えば、お前は誰だ?」

「ーー静雄。平和島、静雄」

「シズオ?」

「……………ちっ、いいから冷めんぞホットケーキ」

ぐしゃぐしゃと髪を撫でる手も、困ったように、照れたように下手くそに笑うその顔も、全ては僕を素通りしていて。違う誰かを見ているのだと気が付いた。

面白くない。
僕を誰だと思ってるんだ。

「そういや、テメェの名前はなんなんだよ?」

「ホットケーキが美味しかったら教えてやろう」

「あ?死ぬか?」

「どうして?ホットケーキを食べずに死んだら勿体無いじゃないか」

「…あー。まぁ、そうかもな」

「うん。だから顔、洗ってくれ」

「どこの王子様でテメェ!!!」

すごいな。
いきなり正解だ。





日々也さんを拾った、シズちゃんの話。
日々也さんだって、ベースは臨也さんなんだからすごい頭良いはず。見えないだけで←





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By 猫の日拍手ろぐ


仕事が終わったら顔を出すと言っていたノミ蟲が俺の家にやってきたのは、日付が変わるか、変わらないかという時間の事だった。

疲れきった表情で玄関に座り込む。
よく見れば、服の襟が伸びている。それ以外にも頬の引っかき傷など、誰かと争ったような跡もそこかしこに見られた。

「…何があった」

自然、声も低くなってしまう。
コイツは世界に有害なノミ蟲だが、それでも俺のノミ蟲なのだ。

俺以外が潰そうとするのを、黙って見ているわけにはいかない。

「ーーシズちゃん」

絞り出すように紡がれた声は、わずかな物音で消え去ってしまいそうな程、か細かった。

「おい、大丈夫か…?」

「シズちゃん、大切な話があるんだ…今、何時?」

「あ?…ああ。丁度日が変わった所だ」

その言葉と同時に、臨也が手にしていた袋を地面に投げつけた。
悔しそうに唇を噛み締める仕草が、痛々しい。

「…何があった」

コイツがここまで感情のままに悔しがるのも珍しい。
傷の事といい、聞きたい事が沢山ある。

臨也は叩きつけた袋をゆっくりと拾い上げ、しゃがみ込んだ体制のまま俺へと差し出してきた。受け取って、中身を確認すると、なにやら黒い布地が見えた。

「………ネコミミ?」

「そうだよ。2月22日といったら猫の日!世間一般ーーああ、主に二次元でのイベントが主流だけど、実社会でも一部のペットショップで猫用品が安くなったり、ちゃんと影響力はあるんだよ?まぁ、そんな事は今どうでもいいんだ。大切なのは、猫の日ならば猫の格好をしても責められず、むしろ歓迎されるという素晴らしい風潮の事なんだ。俺は考えた。いかにして猫の日にシズちゃんに猫耳、そして尻尾をつけて特殊なプレイが楽しめるかをね。今君が手にしているのは確かに猫ミミ、そして猫尻尾だ。それは紛れもない事実だけれど、それには本来の猫が有する柔らかな毛並みも、細やかに動かす為の神経もない。そんなものを付けて、果たしてそれは猫の日を満喫していると言えるのだろうか?俺は認められないよ。ごめん、シズちゃんが偽物でも満足出来るタイプだったら本当に悪いと思うけど、これだけは認められない。あの機敏な動きがあってこその猫だろう?触れると、少し嫌そうに耳をパシパシするあの素晴らしさ!猫ラァブ!今日ばっかりは俺は猫が好きだ、愛してる!だからこそ猫も、俺を愛するべきだよねぇ!」

「…………新羅のとこ行くか?」

「そう、新羅!新羅だよシズちゃん!」

良かれと思って出した名前は、またもや臨也の逆鱗に触れるものだったらしい。
つーか、コイツ飲んでねぇか?酒臭く…ねぇな。素でこれか。

「偽物の猫グッツで満足出来なかった俺は、新羅の所に行ったんだ。人が猫になる薬はないかってね」

「…いや、ねぇよ」

「あったんだよ!!」

バァン!と臨也が床を叩く。
痛かったみたいで、後ろに回した手をこっそり摩っているのが見えた。

「それがあのヤブ医者なんて言ったと思う?”これはセルティに使う分だから駄目”即断だよ?10年来の友達より、恋人を選んだんだ!大体、首が無いんだから耳が生えたかなんて分からないのに!元々あのヘルメット、耳あるのに!!」

「…………」

素面で酔っ払いの面倒をみるのが精神的に堪えるように。
まともな精神で、まともじゃない理屈を長々喋るヤツの相手は疲れる。すごく、疲れる。

今だに床を叩きながら(今度は痛くないように加減しているようだ)嘆く臨也の頭に、落ちていた猫ミミをそっとつけてみる。人なら救いようがない態度も、猫がやってると思えばちょっと可愛い気がしなくもない。ちょっとだけ。

尻尾もつけてみようと思ったのだが、付け方がわからない。
てゆーか、これ服着てたら無理なんじゃねぇかな。

「…ちょっと、シズちゃん何してんの?」

「猫の日」

せっかく用意してくれたんだから、楽しまないとなぁ?
笑ってみせれば、底に隠した(つもりの)イラつきを感じとった臨也の顔がピクリとこおばる。

「…お、れ……ちょっと、用事思い出し……」

「まぁ、ゆっくりしてけよ。なぁ、臨也くんよぉ?」

面倒なのでコートを引きちぎると、非難めいた声が聞こえてくる。聞こえないフリをしながら服を剥いていくと、思っていたよりも早く、抵抗が止まった。

「……せめて、ベッドがいい」

「猫はそんな上品な事しねぇだろ」

「ーーー最悪、なんだけど…!」

背けられた顔が面白くなくて、
唇の端にキスすると、不満そうな顔がこちらを向く。

「……そこ、ヤダ」

「はいはい」

要望通り、舌を絡ませれば。

「………ん、」


ご丁寧に自分の毛並みに似合う耳と尻尾を持参した猫は、満足そうに目を細めた。







end









猫ミミプレイをしたい、なんて口が裂けても言えないのです。

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By ミニマム臨也さん

インターフォンが鳴る。
諸々の勧誘から避けられている俺の部屋のそれを鳴らす相手は、本当に限られている。

少ない候補の中で、ロケ中の幽が消え、さっきまで一緒に居たトムさん、ヴァローナが消え、一度も顔を出した事がないお袋だろうかと首を傾げつつドアを開ける。

そこには、誰も居なかった。
悪戯か…いい根性してるじゃねぇかと目を細めた時、なんだかやけに聞き慣れた、気に食わない声が耳に届いた。

「ねぇ、悪い顔してないで中に入れてよ。外、寒いんだって」

実にふてぶてしい声の持ち主を探し、足元を見て絶句する。なんだこりゃ。ノミ蟲野郎が、本当に蟲サイズになってやがる。

いや、蟲よりは流石にでけぇ…か。
俺の足首くらいか?

「…なんだよ」

ジロジロ見ていたら睨まれた。
睨みかえそうと思ったが、このサイズの違いじゃ明らかに弱いもの虐めにしかならない。

首根っこを掴んで持ち上げる。
臨也だ。間違いねぇ。

「…お前、どうやってインターフォン鳴らしたんだよ」

「別に、なんだっていいでしょ」

よく見るとボタンの部分がへこんでいる。
辺りには、すげぇ小さいナイフ(一瞬、楊枝かと思った)が落ちているので、これを使ったんだろう。正直すごいと思ったが、言ったら間違いなく調子に乗るか、本気で俺の態度を気味悪がるかのどっちかだろう。どっちでもムカつくので、それ以上何かを言うのはやめにしておいた。

今キレたら、コイツなんか簡単に握り潰しちまう。
念願ではあるし、別に今ならやっても俺がパクられる事なくトイレかなんかに流しちまえば丸く収まる気もするんだが…まぁ、カタカタと寒さに震える小さい生き物と、あのムカつくだけの臨也が俺の頭の中では簡単にイコールで結びつかなかった。そう言う事なんだろう、多分。




ココアを出したら、熱いとか飲みにくいとか文句を言ったのでイラっときながらもスプーンで掬って、目の前に差し出してやる。

はじめは怪訝そうに俺の顔を見ているだけだったが、根気良く待ってみた。すると、恐る恐る湯気の立つココアに息を吹きかけ、スプーンを両手支えながらコクリと飲んだ。

「……あっま」

可愛くない。
本当に、ここまで可愛くない生き物もいないんじゃないかと思う。臨也だからか。そうか、仕方ない。

それでも、コクリコクリと飲み干して
ほっとしたように息をつく姿を見るのは…まぁ、悪い気はしなかった。

二杯目のスプーンの中身を半分程飲んだ臨也は、うとうとと、時折首が揺れるようになった。

「…なんでテメェ小さくなってんだよ」

「ん…俺だって、わからないよ。仕事終わって、帰ろうと思ったら急に…」

「ふうん」

眠いからか、随分と素直に話す。
はじめっからこうなら、ほんの少し、友達みたいなものに俺たちはなれたのかもしれない。いや、そしたら俺になんかには、まず話しかけない…か。

「シズちゃんの家の近くだったから…なんとか、なるかなぁって」

「なんとかなってねぇよ」

うとうととしながら話す臨也が珍しくって、ついつい笑いが零れる。コイツ、半分寝てるんじゃねぇの?

「なったよ」

「……あ?」

「あったかく、なった」

へにゃりと笑った臨也は、なんてゆーか、反則だった。…その後も面倒を、見たくなってしまうくらいには。





枕が高いと文句を言うので、わざわざハンカチで枕を作ってやったのに人のシャツ握りしめて寝ているとか。

ワガママも可愛いなんて、初めて知ったかもしれない。






ミニマム臨也さんに、メロメロなシズちゃん。


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By ミニマムシズちゃん


非常に不本意ながらも、シズちゃんに擦り寄って眠った翌日。

頭の中で、どんな言葉で一日を始めようか色々と考えていた俺だけれど(第一候補は、この部屋の寒さと家賃の安さの関係性だ。ついでに俺が部屋貸してあげようか?とか挑発して、なんか気恥ずかしい昨夜の事を有耶無耶にするつもりだった)とりあえず、今の俺が選ぶ選択肢はただひとつ。笑う事だった。

現状を簡単に説明するなら、
俺たちの関係は、眠りについた時とは、全く逆。

俺の腕を枕にしようとして、高過ぎるのか眠ずらそうにしているシズちゃんが見える。全長30cmのシズちゃんには、そりゃあ高い枕かもしれないね。でも残念、俺の腕はこれ以上低くはならないんだよ。

って事で、シズちゃんの頭を指で突いて、手のひらが枕になるように誘導する。ムニュムニュと寝ぼけながら、広げた手のひらに頭を乗せる事になったシズちゃんは、ちょうど良い高さに居心地が良くなったのか、スリっと頬を寄せて来た。猫が懐くみたいな、そんな野生じみた仕草。

それが、やけに可愛いなんて俺はそろそろダメになるのかもしれない。


起こさないように、枕として利用されていない左手を音を立てずに動かし、放置されていたシズちゃんの携帯を手にとった。本当は自分のヤツが良かったけれど、見える所には無かったので仕方がない。

カシャっと、やけに大きい音を立てて寝顔を撮影。
即座に自分の携帯にデータを送り、この写真を待ち受けに設定する。うん、可愛い。

調子に乗って写真を撮りまくっていたら、さすがのシズちゃんでも耳触りになったようで、瞼を擦りはじめた。

「うるせ…んの音だよ……」

「おはよ、シズちゃん。いい朝だねぇ」

「あ?……ああ、テメェか。…………なんか、今度はでっかくなってねぇ?お前、大丈夫かよ。日頃の行いが悪いにも程があるだろ」

「いやいやいや。元に戻っただけだし!てか、俺がちっさくなった理由、そんな事だと思ってたわけ?!

……まぁいいけどさぁ。今は、シズちゃん。君が小さくなってるんだよ」

どうだ、と勝ち誇って言ってみるけど
目前(というか、手のひらの上?)のシズちゃんは、くわぁっと呑気に欠伸をしているだけだった。

「あー、まぁ…そのうち戻るだろ。今日休みだし、別に構わねぇ。もうちょい…寝る」

そうしてシズちゃん(30cm)は、俺の手のひら布団から、ちょっとはみ出しつつ眠り込んでしまった。なんなの、このマイペースな生き物。ありえないんだけど。

もうちょっと慌てるとかさぁ。


なんだか無性に腹が立ったので、このまま洗濯機にでもかけてやろうと思いつく。




でも、よく見ると
シズちゃんの両手が、俺の人差し指をギュっと掴んでいて。

それがやけにアレだったので、今日は惰眠に付き合ってあげる事にした。






可愛さに、メロっと。





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By 駅員静雄×ちび臨也


カツカツカツ

無人の電車に、足音が鳴り響く。
それは別段特別な事でもない。気に留める事も無く、平和島静雄は歩き続ける。

普段は人で溢れかえる車内も、今はシンと静まり返っている。
微かな酒気の匂いはすれど、車内は平穏そのものだ。結構な頻度で、その酒気の主――簡潔に言うなら、酔っ払い――に、出会う事もあるが、結局の所放り出してしまえばいいだけの話である。静雄は、酔っ払いに絡まれて怯む程軟弱ではなかったし、なによりもう、慣れてしまった。

最終電車が車庫に入る前の、最後の見回り。
それが、彼にとっての一日を締めくくる 仕事であった。






カツカツカツ

靴音は、静かに主張し続ける。
時刻はもう、午前2時を回っていた。今夜は珍しく、本当に無人らしい。

最終車両で、一つ息を吐いた。長い一日が、ようやく終わりを告げたのだ。
静雄は、ためらいもなくポケットから取り出した煙草に火をつけた。年季が入った緑のシートに腰をかけ、ゆっくりと煙を吐く。転がっていた空缶に灰を落とせば、一日の終わりを飾る休息の完成だ。



「いけないんだ」

そんな声が聞こえて、静雄は眉をひそめながら辺りを見渡す。
己の、駅員にあるまじき姿を見られての動揺ではない。どう考えても、有り得ない声が聞こえたからだ。

「しゃないは きんえんって、かいてあるのに」

また、同じ声。
それは、この時間に聞くには、あまりにあどけない声だった。
所々舌が回っていない、幼子独特の話し方。

「ガキ…?」

視線を落とし、静雄は呟く。
そこには、シートに座り込んだ静雄の腰の辺りまでしかない身長の子供が立っていた。"ガキ"という言葉に、不服そうに瞳を細めながら。

「迷子か?」

「ううん。いえで」

「…お前、意味分かって使ってんの?」

「おれ、でんしゃにすむんだ」

ニコリと笑った子供は、それはそれは愛らしかった。
顔だけは。

ふてぶてしい態度と、図太い神経は、とてもじゃないが可愛い、などとは称せない。

「………ハァ。仕方ねぇな。付いてこい」

「―――うんっ!」

静雄は後、子供を詰所へ連れて行く事に決めた。
それは駅員として当たり前の判断であったが「付いてこい」と言った時、子供がやけに嬉しそうに返事をしたのが、不思議だった。
やはり心細かったのだろうか。頭を撫でてやれば、子供は瞳をぱちりと見開き、それから蕩けるように微笑んだ。

(………可愛い)

今度はもう"顔だけは"とは思えなかった。











カツカツカツ  ひょこひょこひょこ

変わらぬ足音に、頼りない足音が追加された。
静雄とは歩幅が比べ物にならないので、自然子供は急ぎ足となる。

「しずちゃん」

「…誰だそりゃ」

「?」

首を傾げながら、ピシっと指さされてしまい静雄は思わず足を止めた。急停止についてこれなかった子供が、わわっと悲鳴をあげながら足にぶつかってくるが、気にしない。

確かに先程、この子供の名を聞く際に、一方的なのもどうかと思った静雄は己の名を名乗った。しかし、このようなふざけた呼び名を許可した覚えは、一片たりともなかったはずだ。

「……俺のどこを見れば、そんな女みてぇな呼び方が出来るんだ?」

「だって、しずちゃん かわいいもん」

「はぁ?!」

「いっつも、えきめい つっかえてよむの。おれ、しってるもん」

「………………いつもじゃねぇよ」

「うん、3かいに2かいくらいだね」

「…………」

それからは、ただただ無言で歩き続けた。
ひょこひょこと続く足音が、遠くなった事にイラついた静雄が子供を抱えあげると、子供はやはり嬉しそうに笑った。

「おれ、でんしゃにすむんだ」

「さっき聞いたよ」

「そんで、しずちゃんとずっといっしょにくらすの」

「……あ?」



「だっておれ、しずちゃんがすきだから いえでしてきたんだよ」

電車の中にいれば、会えると思った。そう笑う子供は、ぎゅっと静雄の服を掴む。

"放さないよ"
そう言わんばかりの、仕草。



この時になってようやく静雄は――自分が、酔っ払いより数段タチの悪いモノに絡まれてしまった事に、気付いたのだった。








end


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By ドMなシズちゃん×シズコンな臨也さん


平和島静雄の腹にナイフを突き立てながら、折原臨也が鮮やかに笑う。

「ねぇ、なんで刺さらないの?

欠けた刃先を何度も突き刺し、尚も臨也は笑う。
楽しくて、楽しくて仕方がない子供のように。

「…っ、」

勢いのまま自らの手まで傷付けてしまい、臨也の動きがピタリと止まる。
目前の相手からは中々流れない赤が、自分から簡単に流れている。その光景を、ただじっと見つめている。

地面に流れ落ちる前に、舌で傷口を舐め上げた。
鋭い刃先で切ったそこからは、ぬぐった後も再度鮮血が零れ始めていて、うっとおしげにそれを見ていた臨也だったが、目前の男から羨望に似た視線を受けている事に気付き、血で染まった唇で弧を描いた。

「羨ましい?」

「…………っ」

男が慌てて目を逸らしたのを、目を細めて見つめながら、臨也は囁くように言葉を零す。

「シズちゃん、痛いのが好きだもんね。でも出鱈目なシズちゃんを痛くしてくれる相手なんかいるのかな?」

「……………」

黙ったままの男を見つめ、臨也は笑みを深くしていく。

「――いないよねぇ、俺以外」

いまだ赤が流れる指を、当然の如く男に向けて。

「舐めて。綺麗にしたら、痛くしてあげる」

再び臨也を捉えた瞳が揺れる。
そうして、戸惑いながらも臨也の手を取った男を見て、彼は再び笑うのだ。




狂気を、微笑みに隠して。
(まだだよ、足りない。これくらいじゃ、全然足りない)



―――――――――――――

シズコン=シズちゃんにコンプレックス持ってる臨也さんだったらいいよね!とツイッターでたぎりました。
しかし、この臨也さん…女王様に見え…ごふげふ。


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