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鬼畜オオカミと蜂蜜ハニー(鈴編)
上条貴博
 ーーーこの男が新しい…もとい、小早川晴臣か。
上条が会釈すると、晴臣は双眸を見開き、どうぞ中へと促す。
「此処では失礼だろう?」
 晴臣の言葉に、薫は渋々ながら頷いた。上条はリビングへ通され、促されるままにソファに腰を下ろし、向かい側に薫と晴臣が座った。広々としたリビングからは裏庭が見渡せ、薫が世話をしているのだろう花々が美しく咲いている。暖炉の上の棚には、家族の写真がいくつか置かれていた。鈴の写真も在る。出されたグラスには、庭からの日差しに反射した氷が涼しげに光っていた。上条はまず、茶封筒の中から鈴音に渡された写真を取り出した。
「…私が鈴を撮った写真? 姉さん、貴博に渡したの?」
 薫は顔を強ばらせて、向かい側に座る上条を見る。
「鈴の、天音鈴のなら何でも良い! DNAが調べられる物をくれないか」
「ちょっと! それ」
「事務所の社長は、確実に俺の子供だと解れば、正式に公表しても…」
「ふざけないで! DNA? 貴博、姉さんに何云われたか知らないけど、あの子はあんたの子供だって言葉信じない訳? それに姉さんはあの子を捨てたのよ!? 物みたいに生きた人間ひとりを、あの子ショックで言語傷害になって、やっとまともな人生送れると思ったら今度は『認知』? 馬鹿にしないで! 私がどんな想いであの子を育てたか!!」
「…母さん?」
「「「!?」」」
 リビングの入り口で、少年と男2人が立ち尽くしていた。
「里桜」
 ーーー里桜とは薫の子供か。昔の直人に似ている。
「薫、お腹の子にさわるから」
「オヤジ、何で…」
 疾風が里桜の肩を抱き寄せる。芸能人の上条がリビングに居るのが信じられないらしい。晴臣は薫の肩を抱き寄せながら、白衣姿の男に飲み物を持って来させた。
「長男の疾風と、3男の里桜。此方は次男の隼人で私の病院で医師をしています」
 複雑な顔で3人が会釈をした。上条もまた挨拶をする。


 この場に鈴が居なくて良かったと心底思った。逢いたがっていた鈴には悪いが、今の薫の言葉には、『上条貴博は鈴を引き取りたい』発言が見受けられたからだ。
 里桜は蒼白になって、静かに見守っている。里桜はこれから他校と生徒会促進について、栃木に在る姉妹校の生徒会と会う為、鈴の居る合宿先へ(偶然場所の提供先が一緒)向かう支度をしていた処だった。薫の声が聞こえ、里桜の支度を手伝っていた疾風と隼人は、里桜とリビングへ下りて来てしまったのだ。
「鈴音から聞かされるまで、鈴を知らなかったんだ! 鈴音は嘘を云わない事は俺も解る。だが、この子を引き取るには」
「嫌よ!!」
 全員が薫を見た。
「鈴は私が育てた私の子供なの…里桜の弟なのよ…これ以上あの子を振り回さないで! 私は鈴を幸せにしなきゃいけないの!」
「母さん!」
 里桜は薫に走り寄り、貧血を起こした身体を支えた。
「俺は…あの子を息子として『認知』したい。薫には申し訳ないが、今度こそ責任を持って…鈴音を、鈴を家族として受け止めたいんだ」
 薫が、里桜が、晴臣が息を呑んだ。上条は立ち上がり、リビングを後にしたのだった。


「待って下さい」
 車に乗り込んだ上条を、晴臣が追い掛けた。
「これを…」
 渡されたのは、鈴が使う櫛だった。髪の毛が数本着いている。
「これは…」
「あなたが鈴君を引き取るかどうかは、私が口を挟む事ではありませんが、真実を知るのは間違った行為ではありません。その資格はあなたにはある。ただ、これだけは云って置きます。天音鈴は私達の『家族』で『宝』なんです」
 上条は渡された櫛を大事そうに掌に包んだ。全ては『此処』に。真実は『此処』に。
「有り難う御座います」
 上条は車を出した。その光景を離れた場所で隼人は見詰めていた。
 ーーー鈴を、上条貴博が引き取る?
 隼人は蒼白になって、拳を握り締めた。


「母さん大丈夫?」
 里桜が夫婦の寝室で休む薫に訊く。
 サイドテーブルに、今し方持って来た水が在る。
「里桜、支度は済んだの?」
 薫は里桜の手を握る。
「済んだよ? これから出掛けるけど、母さん大丈夫? 無理しないでね?」


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あきゅろす。
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