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詩集
からすと港
海をわたってはるかとおく、
どんな町のどんな音も聞こえないくらいのとおい国に、
草っぱらがありました
それはそれはひろい草っぱらでした

うすきいろばかりの草っぱらのまんなかに、
まっくろなからすが一羽きり、すうすうとねむっています
からすはたいそうつかれていましたし、
なによりおなかがすいていて、
まだまだ目がさめそうにありません

からすがうまれたのはりょうしたちのまちでした
毎朝たくさんの船が港をでて、
あさひがのぼるころには、どの船もいっぱいの魚をつんでかえってきました
あおい魚、あかい魚、みどりの魚、
いろとりどりの魚が、船のかんぱんできらきらひかっていました
からすは毎朝港のていぼうのへりに立って、
しかめつらのりょうしが、魚を陸にあげるのをみていました
からすはきらきらひかる、あかるい港がすきでした

たいようがしずんで、りょうしたちが家にかえったあとは、
港はがらんとしてだれもいなくなりました


あるとき、からすは夜のこないまちにすんでいました
ひどくさむい、まっ白なまちでした
茶色くてふわふわの毛皮を着た人たちがくらしていました
夜のこないまちにも港がありました
おおきな岩のような氷がういた海に、一そうのちいさな船がとまっていました
からすは毎日ちいさな船のそばにいました
いつまでたってもたいようはしずみませんでした
からすはさわがしい港がすきでした

からすは一日中あかるい港に立っていました
港には、船にのる人も、魚をつんだ船も、
だれひとりやってくることはありませんでした


あるとき、からすはジャングルのまちにすんでいました
ぎらぎらあつい、みどりと土のまちでした
まちの人たちは、みんなはだかでくらしていました
くらい夜もまちじゅうがあつい熱気にみちて、
だれもがうたい、おどりつづけていました
ジャングルのまちにも港がありました
手に手をとっておどるまちの人たちのそばで、
からすはじっと、かきけされそうな波の音をきいていました
いつまでたってもまちの人の歌声はやみませんでした
からすはしずかな海がすきでした

からすは一日中さわがしい港に立っていました
つめたい風の音も、ちいさな波の音もしませんでした


あるとき、からすはだれもいない無人島にすんでいました
ひろい海のまんなかに、ぽつんとひとつ、うかんだ島でした
まっ白な砂浜と、まんてんにひろがる星空がありました
砂浜には船のいたきれや、ぼうきれや、ボールや、てがみがながれついていました
からすはそれをひとつひとつつついてまわりながら、
しずかな波の音をきいていました
波は砂浜にうちよせてはくだけていきました
からすはひと声
かあ
と鳴きました
鳴き声は波のむこうにすいこまれて、きえていきました
ふたつ、みっつとからすは鳴きました
そのどれもがひろい海のまんなかで、しんとした夜にのみこまれていきました


あるとき、からすはたかい空をとんでいました
まっぴるまの、まっさおな空でした
ぴんとはったつめたい空気がからすの羽をかすめてながれていきました
ねむらず、やすまず、からすは何日もとびつづけていました
目がかすんで、羽ばたく力もほとんどなくなっていました
よこなぐりの風がふいていました

それでもからすには行きたい場所がありました
からすがもう本当にとぶちからをなくしてしまったとき、
からすの目の前にはざわざわと波うつ、大海原がありました
まばたきをするちからもないまま、
風にあおられるように、からすは大海原へとびこんでいきました


からすが目をさましたとき、そこはきみどり色のくさむらでした
海におちたはずが、どうしてこんなところにいるのだろうと
からすはふしぎに思いました
ほそいはっぱとちいさな実のついた草が、何本もはえていました
むぎの穂でした
背の高いむぎの穂にとりかこまれるようにして
からすはねむっていたのです

からすはひょいととびあがってみました
ながくねむったおかげで、羽はぐあいよくうごきます
つよい風はもうやんでいました
からすはまいあがり、空からくさむらを見おろしておどろきました
そこにはきみどり色の、むぎの海がひろがっていたのです
それはとほうもなくひろいむぎ畑でした
風がふくと、むぎはいっせいに波うちます
それはほんとうの海の波のようで、
むぎの穂が風にこすれる音は、ほんとうの波の音のようでした

からすはしばらくむぎ畑のうえをとびつづけました
そうしてむぎ畑のなかをとおる川を見つけると、
まっすぐむぎの海におりていきました
からすは川の水をのむと、
あとはおなかがいっぱいになるまでむぎの実をつついてたべました


あるとき、からすは見なれた空をとんでいました
ゆうぐれの、しずかな空でした
りょうしの大声が聞こえてきます
からすは港にまいおりると、たくさんの船が帰ってくるのをながめました
どの船もかんぱんにたくさんの魚がはいったあみをのせています
海も船もオレンジ色をして、きらきらにひかっていました
しかめつらをしたりょうしがひとり、
からすのほうをむいて大声をあげています
りょうしはまっくろに日焼けした手で、つかんだ魚を空になげあげました
からすはひと声なくと、ひかる魚にむかってとびあがりました

りょうしたちのまちにはからすがすんでいます
日はおちてがらんとした港には、一羽のからすがじっと朝をまっています




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