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詩集
ある明け方のテロル
思えば夕方から肌寒い日だった
火の付いたオイル・ライターを枕もとに立てたまま
今にも燃えそうな羽根布団にくるまって
冷えた夜の空気の向こう側に見える
本棚に並んだ酒瓶を眺めていた
それからひとつひとつの瓶に刷られた
アルコール度数を呟いてみた
40度灰皿24度26度グラス96度0度15度
呟きながら煙草を吸った
枕もとで不安定に立つオイル・ライターの炎が
棚の液体瓶に向いて
いくらかなびいていた
窓が開いていた
窓の外は暗く
部屋の中よりもいくらか冷たい空気が流れこんできていた
ステレオのスピーカーから
ステレオのBGMが流れている
煙草の先から
発展途上国の香辛料のような
軽がるしい煙の匂いがする
唐突に恐ろしくなった
これはダイ・ハード2だ
これではまるでダイ・ハード2だ
見通しの悪い夜霧の中で
離陸のために滑走路を走る小型旅客機の燃料タンクには
不自然な風穴が開いていた
ブルース・ウィリスが旅客機の離陸前に開けたものだ
穴から漏れ出す液体燃料が連なって
滑走路に黒い縄状の染みを作っていた
その染みの末端へ向け
ブルース・ウィリスが火の付いたオイル・ライターを投げる
染みの末端に点いたオイル・ライターの炎は
瞬く間に空中に連なる液体燃料をたどり
真夜中の空に
テロ・グループの乗った旅客機が爆破炎上する
「やったぜ糞野郎
だか
「やってやったぜYEA
だか
そんなことを彼は叫んだはずだ
テロ・グループの逃亡を阻止した彼は
グループとの抗争で負った傷だらけで
頭からつまさきまで血まみれのまま
愛する煙草を吸うだか愛してもいない妻と抱き合うだか
そんなようなラスト・シーンだった
些細な間違いがあろうとも
そんなようなシーンがダイ・ハード2の
フィルムの終わりだったような気がする
BGMには大規模なオーケストラが
ラスト・シーンに設定された
じつにラスト・シーンらしいテーマを演奏していた
まるでこの部屋だ
液体燃料だ
オイル・ライターだ
愛する煙草と愛してもいない妻だ
ある意味だがしかしそれは
あくまである意味でしかない滑走路だ
真夜中のゆるい風と
ラスト・シーンのBGMだ
ノー・カットで限りなくリアルタイムに進む
役者のいないダイ・ハード2だ
吸わないまま短くなった煙草の煙が
まぶたの裏に入りこんで
いくらか涙が出た
ブルース・ウィリスは泣いたのだろうか
ラスト・シーンで彼の吸った煙草の煙は
どこへ流れたのだろうか
火がついたまま投げられたオイル・ライターには
いつかふたたびオイルが注されるのだろうか
やめてくれないか
と思った
この部屋にはもうなにも入らないんだ
と思った
テロ・グループも一個小隊も愛されない妻も
ましてや小型旅客機だなんて
オーケストラ一団だなんて
そんなものを入れられるわけがないんだ
灰皿と酒瓶とステレオと
夜中の冷たい空気で部屋は詰まっているんだ
早く夜が明けて欲しいと思った
夜が明ければ
フィルムの舞台につくられた
ニューヨークのクリスマスに触れられるような気がした
枕もとのオイル・ライターから
芯のはぜる音がしていた
綿に染みたオイルが切れかかっているようだった
芯に編みこまれた銅線が熱されて火花がとび
羽根布団に小さな染みを作った
あかりのない窓から風が流れ
ライターの炎が音もなく消えた
銅のにおいと
暗がりに沈んだ朝のにおいがした
BGMはいつからか止んでいて
チューナーには通電を指す赤いランプが灯っていた
「やってやったぜYEA
だだ広い夜の滑走路の上に膝をついて
ブルース・ウィリスが歓喜の声をあげている
煙草に火をつけたかった
ライターにはオイルは残っていないだろうが
夜空の中でこの部屋が燃えてしまわないのなら
煙草が吸えないくらいは構わないのだろうな
と思った



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