詩集 春風 古びた本が欲しくなった ぼくにはお金がなかったから その場で本を開いた するとページの隙間という隙間から するりと何かとても大切なものがこぼれていくのが見えて ぼくはあわてて本を閉じた 店を出て ぼくはいつのまにか握り締めてしまった両手を ポケットに入れた 春一番の吹いた日 ぼくはまたあの古びた本に触れたくなって やっぱりお金はなかったけれど あの店へ出かけた いつかと同じ場所には いつかと違う本があった いつかぼくのこぼしてしまった歴史たちは もう時代から剥がれ落ちてしまったのだ 手に残る歴史の匂いがどこかで 形を変えてしまったと そう知ったぼくは 意味もないとわかっていながら 理不尽な売買をたしかに罵った ぼくはどこかすかすかする頭を振って いつかの日と同じように店の扉をくぐり 何事もない 風の日のいちにちを作ろうと思った ←→ |