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詩集
少年
少年は
黒猫が目の前を横切ろうとしたので
猫を追って
濃く暗く
苔むした横道に入ってしまった

猫は
少年がずっと追いかけてくるのを嫌がって
少年を引き離そうと懸命に
一度も振り返ることなく
空気のうすい
真夜中の細道を
滑るように駆けた
どうしてだか
かなたの街灯が
いくつもつながって見えて
背中に向けて走ってくる
鋭い足音に合わせて
長く伸びた光がゆれた

猫は身震いひとつせず
おそろしくはやい影のようになって
夜の中を流れていた

スニーカーとアスファルトと
爪の鳴き声が
ふたつの息遣いを追うように
路面を舐めていった

滑るような猫の姿は
ときおりちらちらと
影になったり
猫になったりしていて
このまま引き離されては
きっと
ずっとどこか先で黒猫が
行き先を横切ってしまいそうな気がして
それでも
あの黒い影の向こうにある
どこか
見知らぬ景色の中のうずくまるよりはいいと
少年は少し足音を緩めてみた
ただ本当は胸がつまって
わきあがる煙のようなものに
喉を痛めているような
気がしただけなのだけれど
口の中に
苦味とくるしさが溜まって
むせ返りそうになっただけなのだけれど
においの悪い
あの真っ白な部屋に帰るのは
どうしても恐ろしくて
夜に溶けていく
猫の尻尾を眺め
少年は
どうしていいものか
さっぱりわからなかったので
とりあえず
恐ろしくないものが欲しくて
少し足を緩めてみた

黒猫は
間隔の開いた足音に気付いて
ふたつの光る目で
細まった道の
遠くへと振り向いてみた
かなたで
小さくなった少年と景色が
あかりのない小さな車道を
ぴったりと張り付くように歩いていた
少年の目は光っていた
街灯の光を反射したまなこが
異常な大きさでひかり
猫を見つめていた
小さな人間が
身の毛を逆立てるような
太い視線を持っていることが恐ろしくて
星の出ない空に
白く縁取られたように
少年がじっと立っていて
猫は影になることも忘れ
街道を走り
まっくろな町の中を逃げた

街道はいつのまにか
広小路に変わっていて
また変わるべき夜は
いつまでも人通りをつくらず
幾何学的なモニュメントを
べちゃべちゃと
黒で塗りたくっていた

少年はすでに立ち止まり
ディスプレイのない
小さな自動販売機に
じっと寄りかかっていた
少年が最後に猫を見たのは
尾を震わせて走る猫が
ふっと
アスファルトに溶けてしまった
そこまでだった

猫を見失い
厚くペンキを塗られた町に
少年は長く息を吐いた
見知らぬ夜の景色に
白く
少年の恐怖は溶けていった

夜に溶けていったあの黒猫は
もう夜空の向こうの
路傍の石をまたぎ
自分の歩くべき道を横切ってしまったのだろうか

息で小さなモノトーンをつくりながら
少年は
無人の車の陰にうずくまる
猫のような影を静かに見つめていた



あきゅろす。
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