Story-Teller
V



用事を済ませて教官室を出ようとすると、それまで相楽をじっと見ていた崎田が、あの、と裏返った声で相楽を引きとめた。

「腕、怪我したんだって?」

問われて、首を傾げる。どうして知っているのだろう。
そんな相楽の反応に、崎田はへらりと笑った。

「相楽くんは、養成所の伝説になってますから。どんな手柄を立てたとか、そんな噂はすぐに耳に入るんですよ」

伝説。思わず苦笑いを返す。
相楽は、シャツの袖を捲くっていた左腕をふらりと揺らした。包帯を巻いた腕を丸出しのまま来たのは、間違いだったかもしれない。さり気なく袖を下ろす。

「任務中のヘマまで噂されるんですか。いい晒し者ですね」

皮肉めいて言ってさっさと教官室を出ようと扉に手を掛けると、慌てた崎田が駆け寄ってくる。

「違うよ。みんな、相楽くんを目標にしてるんだから。相楽くんは本当に優秀で、」

ああ、これだから、養成所の方へ来るのは嫌いなんだ。

相楽はファースト・フォース内ではまだまだ半人前で、他のメンバーには迷惑を掛け続けているというのに、ここに来ればチヤホヤと過剰に持て囃されて気味が悪いのだ。
曖昧に笑みを返し、相楽は崎田の視線を無視して教官室を出た。






右手首に着けた腕時計を見ると、丁度十二時を過ぎた頃だった。
もう少し経てば、講義を終えた美濃が帰ってくるはずだった。大人しく美濃を待って直接渡せば良かっただろうか、と考えてから口をへの字に曲げる。

しまった。と思う。
二階に広がっている喧騒に気付いたからだ。
午前の講義が終わった養成所は、昼休憩に入ってしまったらしい。
早くここから逃れなければ、候補生達に捕まる。

くるりと踵を返して、養成所の出口へと向かう。
さっき通った連絡棟は、二階に上がらなければ使えない。今二階に行けば、食堂を利用する候補生の波に飲まれてしまう。
大人しく一度屋外に出ることを選んだのだが、それも失敗だったようだ。


「相楽!」

二階への階段をそそくさと通り過ぎようとした途端に聞き慣れた声で呼び止められて、懐かしいと思うのと同時に顔を顰めてしまった。捕まってしまったらしい。
無視して逃げることも出来ず、渋々振り返る。
こちらに駆け寄ってくる二人の青年に、相楽は苦笑した。

「湊都、南野……」

名を呼ぶと、青年達は嬉しそうに破顔した。
相楽の前で立ち止まった青年達は、候補生に支給される黒い作業着を着て、止め処なく流れる汗をタオルで拭いている。
美濃の地獄のランニングに挑んでいた、相楽のかつての級友である。


「久しぶりだね」

そう言って穏やかに笑うのは、相楽よりも頭一つ分背の高い、柔らかな笑みの似合う整った容姿の青年だ。
ふわりと毛先が巻かれている栗色の髪に、目鼻立ちが良く上品な印象を与える美形である彼は、湊都圭(みなと けい)だ。

湊都とは、中学の頃からの長い付き合いの仲である。
元々数が少ない友人たちの中で唯一、相楽の素性と家庭事情、そして母親についてを知る信頼する親友である湊都は、変わらぬ優しい笑顔で相楽を見つめていた。
釣られて笑みを返して頷くと、湊都の隣に居るもう一人の青年が、いきなり眼前に詰め寄ってくる。

「おい、怪我したんだって? 大丈夫?」

問うのは、相楽と目線がほとんど同じ位置にある小柄な青年だ。
前線部隊を目指して入隊した相楽や湊都とは別に、武器や通信機器の開発を担う『科学班』を志望している彼は、南野直(なんの なお)という。

工業高校から養成所に入校してきた南野は同い年で、明るく人懐こい。
オレンジに近い明るい髪色と丸い瞳という少年のような容姿であり、相楽と同じくらいに幼く見えるのがコンプレックスの彼とは、妙に波長が合って仲が良くなった。
遠慮のない口ぶりで、けれどさり気なく相手を思い遣るのが上手い人だ。
自分のことを滅多に話さない相楽にも、適度な距離感を保ってくれる。良い友人である。




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あきゅろす。
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