Story-Teller
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あちこちの部署へと書類を届けに基地内を隈なく歩き回り、遂に、腕には吉村に頼まれたあの茶色い封筒だけが残っていた。
鬱々とした気持ちで、本部基地と養成所とを繋いでいる連絡棟を進む。

連絡棟の窓の外を見れば、養成所専用の広大なグラウンドで候補生達がひたすらに走らされているのが見えた。
戦闘職希望であろうが非戦闘職希望であろうが、基礎体力と護身術は必須科目である。
実戦を想定して、彼らは重りがたっぷりと仕込まれたジャケットを着せられる。実際の装備用具一式と同じ重さのジャケットだ。
いつまで経っても「止め」が掛からない地獄のランニングは、相楽も経験した。

よく見れば、走らされているのはかつてのクラスメイト達だ。
見知った顔が、苦痛に歪んでいる。その中には特に仲が良かった(友人の少ない相楽には稀少である)顔もあり、懐かしさで頬が緩む。




養成所は、五階建ての棟にある。

候補生たちの教室は三階にあり、四階にはトレーニングルーム、五階にはその他訓練施設がある。
二階は集会所や候補生達が利用する食堂があり、昼時には候補生達で賑わう。
養成所の教官達が居るはずの教官室は、養成所の一階にあった。

まっすぐに教官室へと向かって、軽くノックしてから扉を開く。
ひょいと顔を覗かせると、扉の一番近くに座っていた眼鏡を掛けた小柄の教官が慌てて腰を上げた。

「相楽くん?」

少し裏返りがちの声でそう言った男性は、主に情報技術の養成を担当している崎田だ。

教官のわりにはオドオドとしていて、候補生たちに甘く見られがちの頼りない教官だったが、そもそも教官の優劣に興味の無い相楽にとっては彼が頼りなかろうがなんだろうがどうでもよかった。
他の教官と区別をつけない態度は、この教官に好感を持たれていたらしい、と後々、候補生時代の友人に言われて知った。

崎田は暫しオロオロとしてから、相楽の腕の中にある封筒に気付く。

「か、課題の提出?」
「いえ、違います。吉村監理官から、美濃教官に届けるように頼まれていたのですが」

と、返してから息を吐く。
教官室にいるのは崎田だけだ。他の教官は皆、講義に出ているのだろう。

届けるように頼まれた相手である美濃は、実戦演習の担当だ。
かつてのクラスメイト達がひたすらに走らされているのを見た時点で、それが美濃の実技授業であることは気付いていたので、教官室に彼が居ないことは予測済みである。


「美濃教官の机に置いていくので、言伝を頼んでもいいでしょうか?」
「う、うん。相楽くんが渡しに来たって言えばいいの?」
「はい。お願いします」

教官室の奥に進んで美濃の机の前まで行くと、そこには候補生達が提出したであろうプリントの山が出来ていた。

美濃の実技授業はとにかく厳しいことで有名だ。さらに、必ずと言っていいほど、大量の課題が出される。
容姿はまさに「軍人」という風で、がっしりとした体躯に厳つい顔。声は低い。さらに講義は厳しいときたら、候補生たちに嫌われる要因は多分に有る。
噂では、女子候補生への過剰なスキンシップも目立つらしい。とはいえ、自分の進路を左右する教官に歯向かえるやつはいない。

舐められている崎田も、嫌われている美濃も、今では関わりの薄い教官たちだが、少し懐かしく思える。

机の上にそっと封筒を置いてから崎田に目配せすると、彼は了解したという意味で何回も頷いて見せた。





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あきゅろす。
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