Story-Teller
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不意に近付いた敵意に、弾かれるように我に返った。


気付くのが、少し遅かった。
眼前に振り上げられていた警棒に、咄嗟に掲げた片腕で頭を庇う。メキリ、と肌が粟立つ嫌な音が身体中に響いた。
左腕に振り下ろされた黒い華奢な警棒は、それでも充分な威力を持って、相楽の腕に衝撃を与える。
打点から波のように全身へと広がる激痛に漏れ出た小さな悲鳴に、嫌な嘲笑が投げ掛けられた。

警棒をぎりぎりと相楽の腕に押し付けたまま口元を歪めるのは、先程まで相楽を強い敵意で睨んでいた反UC派の一人だ。
一向に動かぬ相楽に痺れを切らしたのか、見れば、彼らは警棒を手にジリジリと近付いて来ている。
彼らが先に仕掛けるように焦らしていたのは相楽自身だったのだが、ほんの一瞬気を抜いてしまったのが致命的だった。

唇を強く噛んでから、未だ警棒を相楽に押し付けたままの男の腹に、振り上げた右足を食い込ませた。
脛に感じる男の脇腹の固さに、わずかに眉を寄せる。男は、相楽の蹴りを受けても、多少よろけただけだった。
どうやら、この男は戦闘慣れしている。一番最初に相楽に攻撃を仕掛けたところからすれば、この男がリーダー格だったのだろう。

再度警棒が振り上げられるのを確認し、右手を腰に巻いたホルスターへと回す。そこから引き抜いた自分の警棒に負荷される衝撃が、じんじんと痛む左腕にシンバルを鳴らすように響いた。

男の持つ警棒を受け止めたまま、視線をその男の背後に回す。
こちらを窺うようにじわじわと距離を詰めていた他の奴らがこちらへと駆け出してくるのが見えた。相楽が劣勢なことに気付いたのだろう。
小さく舌打ちしてから眼前の男に視線を戻せば、男の鋭い眼孔が相楽を見下ろしていた。その口元に浮かんでいる勝利を確信したような笑みに、腹の奥が熱くなるのを感じる。

痺れたまま痛む左腕は、暫く使い物にならないだろう。警棒を握る右手に力を入れた。
ぎりぎりと少しずつ男を押し返せば、笑みを浮かべていた男の顔面は険しさを取り戻す。

「少しくらい、ハンデをやるよ」

小さく吐き出した挑発を受けた男の顔面を見る間に憤怒が彩ったことに、今度は相楽が口元を笑みに歪めてみせた。


自分の警棒を体に対して斜めに引けば、相楽の反撃を悟った男は、すぐに一度だけ体を引いてから迎え撃つように再度警棒を振り上げた。
男の一撃を半身で避ければ、その背後から迫っていた別の者が相楽の腹に向かって飛び出してくる。
動きを封じるためのタックルを受けた相楽は、冷静に見下ろしてから、左の膝を自分にへばりついた男の顔面にめり込ませた。
昏倒してふらついた身体に右手で握った警棒を振り下ろせば、呆気なく動きを止めて倒れ込んだ。

どうやら、最初に仕掛けて来た男以外は、大したことはないらしい。

間髪入れずに顔面に向かって来た拳は、容赦無く警棒で叩き落とす。
その拳がバキンと音を立てた。
滑稽なまでに不様に拳を押さえて甲高い悲鳴を上げる男の顔面を爪先で蹴り上げれば、男はまるで子供のように泣き喚きながら地面に転がる。

それを一瞥してから視線を前方へ戻せば、戦意を失って後退りをする二人の反UC派を捉えた。
そして、未だに憎々しげにこちらを睨んで警棒を握り締めているのは、最初に仕掛けてきたあの男だった。

残りの二人は放っておいても構わないだろう。

鋭い視線を向けたままの男に狙いを定めて、警棒の先を向ければ、男は地を蹴る。


再度、右手の警棒に重い感覚が走る。
それと同時に、やはり負傷した左腕が痛むのは、既に男に悟られているらしい。
咄嗟にポーカーフェイスを決め込んでも、僅かに寄った眉は隠すことが出来なかった。
男はケタケタと不愉快に笑って、何度も警棒を振り下ろした。

徐々に広がっていく左腕の痺れと痛みを受け流すように息を大きく吐いてから、覚悟を決める。


振り下ろされた警棒を、『左手で』掴んだ。

全く動かないものだと思い込んでいた男の目が大きく見開かれるのを確認して、掴んだままの男の警棒を、左腕を振って奪い取った。

武器を奪われた男がはっとしてすぐに掴み掛かってくるが、もう何も危惧することはない。

例えこの男が戦闘に長けていたとしても、相楽は、その何倍も強い人間達と稽古をつけているのだから。


振り下ろされる腕は、隊内随一の豪腕である関よりも断然軽い。

平然と受け止めてみれば、今度は蹴りが迫る。

そんな蹴りは、脚力の強い高山に比べれば威力もない。

裏を取るように背後を狙ってくるその動きは、俊敏な篠原に比べれば亀のように遅い。

素早く振り返れば、男が掛け声を上げながら懐のナイフを取り出していた。

一瞬だけ息を整え、ナイフを持つ手を片手で捕まえてしまえば身動きが取れない男の懐へと、敢えて自分から飛び込む。

男の眼前で笑ってやれば、やはりその眼には、相楽に対する憎しみが広がっていた。


躊躇わずに男の首に腕を回し、一気に締め付けた。



ガクン、と意識を失って弛緩した身体を預けてきた男を、コンクリートの地面に放った。




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