Story-Teller
X




エンジン音が途切れると同時に、相楽はゆっくりと車を降りる。
途端に聴覚を刺激する、大勢の楽しげな声。
こちらを物珍しそうに眺める人々の視線が激しく突き刺さっているのは、気にしないようにする。

人混みが邪魔をして上手く前に進めないほどに賑わっている、とあるショッピングモールの駐車場。
ゆるゆるとスピードを落として停車位置を探している車が行き交うそこに降り立ってみれば、既に慣れた感覚が、体に触れた。

チクチクと針で刺すようなその感覚は『敵意』だ。
この楽しげな人混みの中には確実に、「ファースト・フォース」を敵として警戒している奴らが紛れ込んでいるのだろう。
おおかた、人が多く集まる中での演説を目論んでいる反UC派だろうが。

UCに関する活動は、私有地外では許可が必要だ。それなのに、反UC派は大概、無許可で強行する。
言論の自由だ。と、彼らは主張するが、それは私有地の中での話だ。
演説したいなら自分たちの敷地内ですればいい。それが嫌なら許可を取る、それがルールだ。

共に車を降りた高山とアイコンタクトを交わすと、彼は真っ直ぐにショッピングモール内へと歩を進めた。
反UC派が演説をするとすれば、この屋外駐車場が適当だろう。
存外に警戒心の高い彼らを誘き出すためにも、相楽と高山はこの場を一度離れることにした。
相楽は、高山とは別方向にある入口へと足を向ける。

生憎の曇り空だが、多くの家族連れやカップル、学生達で溢れる、和やかな空気の流れる場所。
そんな所では、『戦闘集団』であるファースト・フォースの漆黒のブルゾンは浮いているようだ。
この漆黒のブルゾンが現れれば、ほぼ百パーセントの確率で反UC派の取り締まりが始まる。

極めて低い確率でおとなしい者もいるが、大半の反UC派は、激しく抵抗する。そうなると、やはり力付くで押さえつけることとなる。
そんな場面ばかり一般市民に見られるものだから、『戦闘集団』などと言う物騒な呼び名がつくのだ。
毎度毎度武力で解決ではなく、たまには説得なんかもしているんだよ。と内心ぼやいてみる。

こつこつとブーツを鳴らして歩けば、まるでモーゼの十戒の如く、通り道が出来る。
そんなに大袈裟に引かなくても、噛みつきやしないのに。



あと少しで屋内への自動ドアに辿り着くという瞬間だった。
絶え間無く背中に刺さっていたこちらを窺う視線が、ぐっと熱を帯びるように膨張したのを感じた。

どうやら、相楽が屋内に入るのと同時に演説を始めたいらしい。ぴたりと足を止めてみれば、背後からの視線が一層険しさを増した。早く行け、と言いたげだ。

ゆっくりと振り返る。
自分が歩いてきた道は未だに人垣が割れたまま、レッドカーペットを敷いたかのように、一直線上が拓かれたままだ。
その先にいる数人の若い男性らと目が合うと、彼らはくしゃりと顔を歪め、憎々しげに睨み付けてくる。
その視線に確信する。彼らは反UC派だ。


刺激せぬようにゆっくりと視線を外してから、高山の姿を横目で探した。

高山も、同じような視線を浴びていたはずだ。
相楽よりも経験が豊富な高山なら、相楽よりも先に反UC派がどこに居るか気付いていてもおかしくはない。

案の定、数百メートル先に、まだ屋外に居た高山の後ろ姿を見つけた。相楽よりも先に足を止めていたのだろう。



異変に気付いたのは、その後だ。

高山は、こちらを向かない。
反UC派が居るのはこちらだと言うのに、背を向けたままだった。


眉を寄せ、高山の視線の先へと目を凝らした。
高山の肩越しに見えたのは、鮮やかな金髪。曇天で薄暗い周囲に構いもせずに、きらきらと輝いている、金の髪だ。

肩までの長さの金髪と、細面。
整った顔は色白で鼻が高く、どこか外国の血を感じさせる……日本人離れした美しい容姿だった。
高山の体に隠れてしまいそうな華奢な体躯は、それでも仄かに男性の骨格を残し、そこでようやく男性なのだと理解した。骨張った肩やすとんとした腰まわりがなければ、女性だと思っていたところだ。

華やかな容姿をさらに際立たせ、常人離れさせている漆黒のロングコートは、まるでゴシック童話の世界にある住人のようだ。

その男性は目を奪われるような、不思議な存在感を放っていた。
現に相楽は、彼から目が離せずにいた。

今すぐにも、耳に着けた無線で高山に援護を頼むべきだったのに、だ。

男性は、美しい顔に貼り付けたような笑みを浮かべ、高山の前に立つ。彼の口が動けば、高山は静かに頷く。
どうやら、彼は高山の知り合いのようだ。

彼と高山を見つめていれば、不意に彼がこちらを見た。
正確に言えば、見たような気がした。
ほんの一瞬だけ、目が合ったような気もした。


高山たちと相楽の間を数人が通り過ぎたことではっと我に返れば、彼はすでに背を向けていた。
高山から離れていく彼は、すぐに人混みに紛れて姿を消してしまう。
あれ程に人目を惹く容姿だと言うのに、まるで最初からそこには居なかったかのように、すぅっと姿が見えなくなってしまった。


まるで幽霊でも見たような、怖いとも、気味が悪いとも、高揚しているとも、何とも言えない不思議な気持ちが、ぞわりと沸き上がっていた。




[*前へ][次へ#]

5/12ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!