Story-Teller
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「え……?」

車内に、相楽の戸惑った声がポツリと零れた。
それは、あまりにも思いがけない質問に対して虚を突かれた、吐息混じりのものだった。

市街地を廻るように車を走らせる高山は、ハンドルを緩く切りながら横目で助手席の相楽を見る。
きょとんと丸くなった相楽の瞳を見てから、くすりと穏やかな微笑をした。

「どうした?」

「あ、いえっ……」

慌てて首を横に振った相楽は、どうにか平静を保つため、窓の外を流れていく景色を睨んだ。なるべくさり気なく、けれど、とくとくと疼く胸のうちの焦燥感は隠し切れない仕草で。

車は、人が多く行き交うショッピングモールへと徐々に近付いていく。
今日は、土曜日だ。週末のショッピングモールは利用者が多く、活気に溢れている。
近付くほどにその賑やかさが車内へと伝わってくる中、相楽は、高山が発した言葉の意味を理解しようときつく眉を寄せた。
しかし、相楽が理解しきるのを待たずに、高山は続けざまに口を開く。

「いつから独り暮らししてるんだ? 高校も、実家から随分遠い学校に行っていたんだろ?」

「……中学を卒業してすぐに、高校の寮に入りました」

「じゃあもう四年くらい親元を離れてるのか。定期的に家には帰ってるのか?」

相楽は、息を飲んだ。嫌な予感がゾクゾクと背中から這い上がってくる。
高山の問う言葉に含まれる真意に、気付いてしまったからだ。
シートベルトを片手で掴んで無言でいれば、高山が首を傾げてこちらを見た。

「相楽?」

呼ぶ声は、いつもと変わらず優しく、穏やかなのに。
相楽は指先が震えていることに気付いて、一層強くシートベルトを握り直した。

─どうしていきなり、親のことなんて、聞くんですか。

問うのを躊躇する。
返ってくる答えが容易に予想出来ていたからだ。


高山が微笑む。
何の邪気も感じない爽やかな笑みを湛えた高山の口から流れ出した言葉は、相楽に冷たく刺さるような鋭利さが含まれていた。
勿論それは、高山が意図して痛みを与えているわけでないと、相楽も気付いてはいたが。



「相楽が、あの涼子議員の息子だなんてな」


「言われてみれば似てるよな。雰囲気も、容姿も」


「相楽の美人さは、母親譲りだったんだな」




高山が紡ぐ言葉は、まるでBGMのように軽い音として、耳を通り過ぎていく。それなのに、いちいち胸で突っ掛かっては、ぐちゃぐちゃに抉っていく。

「相楽の母親」。
それを褒め称える言葉から、どんな家庭だったのか興味深げに問う言葉。
全て、どこか遠くから流れてきて、朧気に消えていく。


今にも雨が降り出しそうな、グレーの空の下。

高山が『知ってしまった』という事実が、重くのし掛かった。







─────高山は続ける。



「軍に入ったのは、将来の為か?」

どこか諦めにも似た気持ちで聞き流していた高山の声が、不意に鮮明になった。

目を丸めて高山を見れば、彼は赤に変わった信号を見て悔しげに眉を寄せてから、くっとブレーキを踏んだ。
信号に引っ掛かってしまったことに対しての険しい表情だということは解っていたのだが、暗鬱と落ちきった相楽の精神に、その不愉快そうな顔は辛すぎる。何処か責められているような気持ちになったからだ。

改めて高山の質問の意図を理解しようと、視線を己の膝に落とす。

やはり高山は、そんな相楽の心境には気付いていないらしい。
相楽の必死の思案を止めるように、高山の声は続いた。

「UC保全派の涼子議員の跡を継ぐんだったら、UCに詳しい方がいいもんな。相楽が議員になってバックアップしてくれるって考えると心強い」

まだ、信号は赤のままだ。
ここの信号は赤になると青に変わるまでが長いから、篠原は必ず別の道を通ることを、ぼんやりと思い出した。

──あの人は、信号に引っ掛かると、いつも小さな溜め息を吐く。
「信号、引っ掛かっちゃいましたね」と相楽が言えば、ハンドルから手を離して、窓の外を眺める。
その横顔を眺めるのは、嫌いではなかった。
だから、相楽は信号に引っ掛かるのも嫌いではなかった。
信号が赤の間、篠原は窓の外から視線を戻さないから。
その間は、篠原の整った横顔を見ていても、気付かれないから。




「相楽?」

「あ、はい」

「ごめん。気が早いこと言ってた?」

高山は僅かに眉を下げて、申し訳なさそうに言う。
高山の言葉はほとんど耳に入らず、遠くへと思いを馳せていただけだったのだが、高山は相楽が気分を害したと判断したらしい。
─……確かに、気分は優れないが。

慌てて首を横に振った相楽だが、それ以上、言葉が出なかった。



高山は、『知ってしまった』。

でも、『知らない』。




─高山さん。

小さく呟いた声は、発進のエンジン音に紛れて高山には聞こえなかった。

─高山さん。

俺は、母親のようにはなりたくないから、ここに、防衛軍に、来たんだ。




きつく握り締めていた手をゆっくりと開けば、鬱血して痛々しい。
その手で耳につけた小型の無線機を軽く撫でた。


今朝、一度も目を合わせなかった篠原を思い浮かべれば、重い溜め息が溢れた。





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あきゅろす。
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