Story-Teller
V




「いつまでも俺が面倒見てるわけにもいかないだろ。ほかのやつらとも連携が取れるようにしないといけないしな」

「……あぁ、そう」

簡単に引き下がった風早はデスクに片手を着き、首を僅かに傾けてこちらを眺めている。その視線に眉を寄せれば、なぜか風早まで眉間に皺を寄せていた。
値踏みするかのようなじっとりとした視線に堪えかねて先に目を逸らすと、風早は大袈裟な溜め息を吐く。

「隊長のくせにキスマークなんか付けてんじゃねぇよ」

「─っ!」

小さく聞こえた声に、さぁっと背筋が冷えるのがわかった。咄嗟に首元を手で押さえれば、やはり風早は眉を寄せている。
しまった、と内心で舌打ちをした。風早の隣に並んだ時に、首に残る跡が見えたのだろう。
何と言い訳するべきか黙っていれば、腕を組んだ風早が篠原よりも先に口を開いた。

「相手は副隊長さんか?」

「……」

「お前を押さえ付けられる奴なんて、自ずと限られるだろ。消去法でいけばいいだけだ」

ずばり言い当てる風早に無言を返す。
篠原がぐっと顔を曇らせたことも気にせず、風早は続けた。

「女にキスマーク付けられるような浮かれた奴でもないしな。そもそも、篠原を押さえ付けてキスマーク残せる女なんて、熊かプロレスラーかの二択だろ? ……それで、どういう流れになれば、あの人がお前に襲い掛かるんだ?」

好き放題言いやがる。人を何だと思っているんだ、こいつは。
しばらく眉間に力を入れて黙っていた篠原は、深い溜め息の後、近くにあったベッドの端に腰を下ろした。きしりと小さく音を鳴らしたが、しっかりと篠原を支えたベッドはそれ以上は鳴かなかった。

「……怒らせた」

「ほぉ、怒ると欲情するのか、副隊長さんは」

「……」

わざとなのか、生々しい表現を使う風早に対して鋭い視線を送る。その視線に肩を竦めた彼は、苦笑してからビーカーの中の珈琲を啜った。
それから窺うように首を傾けてこちらを覗き込み、口元を小さく動かす。

「相楽のことで揉めたってとこか」

「……お前の勘の鋭さは、医者じゃなくて前線向きだよな」

「ファースト・フォースに勧誘するか?」

「いらん」

にやりと笑う風早に心底不気味になる。
勘が鋭い、とかそんな言葉では言い切れないような的中率だ。もしかしたらオフィスを盗聴してるのだろうか、とも疑ってしまった。
にやにやとした下卑た笑いのままの風早を睨んでいれば、彼は口元を手で覆ってからすっと目を細めた。

「バレたのか?」

「バレた」

簡潔に返せば、そうか、と頷いて腕を組む。

「で、押し倒されてびびったと」

「……」

「普段温厚な奴ほどキレるとまずいって言うからな」

他人事のように(実際に他人事なのだが)暢気な調子で言って珈琲を啜る風早を見上げ、篠原は膝の上で組んだ指に視線を落とした。

今、篠原が何よりも気になっていることが、口を突いて出てくる。

「……相楽を……」

高山に任せたのは間違いだったか?
そう続ければ、風早はさぁ? と首を傾げてみせる。

「それは相楽本人の感じ方次第だろうからな。何にせよ、これ以上副隊長を刺激しない方が良い」

ふっと真剣な顔付きをした風早がそう言うので、素直に頷いた。

また昨夜の様なことをされるのは御免だし、指揮者同士の溝が深まることは、隊全体にとっても良くはない。
そもそも相楽の素性を知られた以上、下手に動けない。

守ると豪語しておきながら、味方であるはずの高山にすら手を打てない。
酷く不甲斐ない仕様だな、と篠原は一度硬く伏せた瞳を、何度か瞬きした。

相楽に伝えて謝らなければ、と頭の片隅で思ってから、ベッドの真っ白なシーツを撫でる。

本当は相楽が巡察に出る前に、高山に素性を知られたことを言うつもりだった。
篠原から奪うように相楽の腕を引いて、早々にオフィスを出て行った高山の背中を見送れば、まだ高山から怒気が抜けていないことを察して。
相楽に伝える機会を逃したことを後悔した。


──高山は、相楽に何か言うつもりだろうか。
──高山と二人きりでいる相楽は、困っていないだろうか。



溜め息混じりの吐息を吐いてから、篠原はゆっくりと立ち上がった。





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