ラストオーダー
オーダー3




「俺、カナタさんに嫌われたらもう生きていけない」

平日の夕方。
学校帰りの若い人たちで溢れているファーストフード店の一角に座って早々切り出すと、向かいに座った友人の菅田がうんざりした表情をした。
眼鏡の奥の目が呆れたように細められて、買ったばかりのシェイクをわざとらしく音を立てて吸い込む。

「お前……よくそれで、あの喫茶店出入り禁止にならないな・・・・・・」

「え、なんで?」

ポカンと口を開いて返せば、菅田は大きく息を吐き出した。
出来立てで熱いハンバーガーを一度ぐっと掌の中で潰してから、包み紙をカサカサと開く菅田に思わずふふ、と笑いが漏れると、むっと口を引き結ぶ。
菅田はいつもハンバーガーを一度潰してから食べる。その方が食べやすいだろ、と言われて納得はしたけれど、見るたびに笑ってしまう。
一口ハンバーガーを齧った菅田は、眉間に皺を寄せてこちらを眺めた。

「毎日毎日毎日カナタさぁん、カナタさぁん、カナタさぁんって報告される俺ですら鬱陶しいんだから、本人は相当気持ち悪いだろうな」

「……」


そうかもしれない、と肩を落とした自分に、暫しの間シェイクをふるふると横に振って軟らかくさせていた菅田は顔を上げてやれやれと眉を下げる。

「その麗しきカナタさんとやらは、随分心が広いんだよなって話だよ、真に受けるなよな」

あ、そうなの、とすぐに復活してジュースを啜ると、菅田は一層呆れた表情でポテトを摘んだ。
こちらは時間が経ってふにゃふにゃになったポテトが好きだけれど、菅田は揚げたてが好きらしい。いつまでもポテトに手をつけないこちらに嫌そうな顔をすることが多い。

「で、今日は行かなくていいのか、カナタさんの所に」

「今日はカナタさん、バイト休み!」

「うぇ、シフトまで把握してんのか」

顔を歪ませて首を横に振った菅田に首を傾げると、友人の背後に見えた姿にハッとした。菅田が首を振ったほんの隙間から見えただけだけれど、目は一瞬でその一点に釘付けになってしまう。
カウンターでメニュー表を見ながら注文をしている、たったそれだけの動作でもキラキラと輝いている、あの綺麗な立ち姿。

いつも穴が開くほど見つめているのだから、間違うはずがない。
バーンと大きな音を立ててテーブルに両手を着き、その反動で椅子を後方に倒しながら立ち上がると、菅田はハッ? と目を大きく丸めて見上げてくる。
菅田の驚いた顔も全く気にせず、ピシリと揃えた指先を宙に伸ばして勢い良く左右に振った。
視線は勿論、カウンター前のクールビューティーへ。

「カーナーターさーーーん!!」

さながら山でヤッホーなんて山びこを楽しむ様に、店内中に響く大音声で叫べば、視線の向こうのあの人がビクリと肩を揺らした。
恐る恐る振り返った姿に、「あ、気付いてくれた!」と内心嬉しくなる。
こちらの姿を確認して一気に顔を歪ませたのは、毎日夢に見るほど思い浮かべている相手、カナタさんだ。

自分が座っている位置はカウンターまで少し遠い。けれど、視力検査の度にがマサイ族並みだと言われるこちらは、はっきりとカナタさんの姿が見えている。今日も綺麗だ。輝いている。
駆け寄りたい、今すぐ駆け寄りたい! でもカナタさん、めちゃくちゃ睨んでる!
怒るかな、怒るかな。多分、怒るだろうな。

考えながら一歩踏み出すと、カナタさんの視線が一層険しくなる。
近寄るな! と無言で牽制され渋々席に戻るも、ニコニコと大きく手を振り続ければ、カナタさんは無視を決め込んだ。
メニュー表に視線を戻し、何事も無かったことにしたらしい。

「カナタさーん……」

カナタさんがこちらを見てくれなくなったことに肩を落としていると、すっかり存在を忘れていた菅田がへぇ、と呟いた。
その声で菅田に視線を戻すと、菅田は身を捩って振り返り、カウンターを眺めている。

「あれが噂のカナタさん? ほんとに美人なんだなー」

「そうだしょ!」

「そうだしょ、って……興奮し過ぎだろ……」

菅田に鼻息荒く返してからチラリとカナタさんに視線を戻し、再度ハッとした。
頼んだハンバーガーとポテトが載ったトレイを手に、入口付近(つまり自分達から最も遠い席)に座るカナタさんの向かいに、見慣れない男性がいる。
ジャケットが似合う落ち着いた綺麗系ファッションのカナタさんと相反して、Tシャツにジーンズというラフな格好の若い男性だ。
カナタさんより頭一つ分は背が高く、厚い胸板と程よい筋肉のついた腕が男らしい、明るい茶に染めた短髪が爽やかな好青年……

「誰ーっ?! カナタさんの隣にイケメンがいる! イケメンがいるよ、菅田!」

座ったまま手を伸ばして菅田のカーディガンの襟元を掴み、ガクガクと揺すれば、うぇぇと悲鳴を上がった。苦しい、と言いながら、襟元を掴む手を何度も叩かれる。

「おかしいだろ、おいっ、普通、隣に女の子がいたら驚くところだろ、なんで男がいるだけでそんな」

ガタガタと前後左右に大きく揺さぶられながらも突っ込んでくる菅田に手を止めた。

……女の子? それって彼女ってこと?
いや、今カナタさんと一緒にいるのは男子だ。しかもイケメンだ。
……つまり?


「カナタさんの彼氏ー?!」

「訳の解らないことを叫ぶな!!」

思わず叫ぶと、遠くからカナタさんの怒鳴り声がした。
ショックで少し飛び出た涙を拭いながらそちらを見れば、カナタさんは顔を紅くしてそっぽを向き、イケメンは肩を震わせながら笑いを堪えている。

「お前……笑われてんぞ……」

色んな人に、と続く菅田の声を聞きながらも、視線はカナタさんに刺さる。

カナタさんに、彼氏が居たなんて。
いや、でもカナタさん、超絶美人だし、彼氏の一人や二人………


「いやだー! カナタさーーん!」

「無駄に呼ぶな!」

今度こそ本気で怒ってしまったらしいカナタさんは、包みを開いていないハンバーガーとポテトを持って店内から大股で出て行ってしまった。
自動ドアの向こうへと去っていく背中は、恥かしさや怒りを押し出している。これは、本気で怒らせてしまったかもしれない。
あああ、と肩を落としていると、トントンとその肩を叩かれる。
こんな時になんだよ、と半ばやさぐれた気持ちのままゆるゆると顔を上げれば、イケメンが笑いを噛み殺したまま立っていた。
思わず、ひぃ、と悲鳴が上がってしまう。

「ななな、なんすか! かかっ、カナタさんは渡さないとでも言うんすか! 負けないっすよ!」

盛大に吃りながらも全力で威嚇してみると、イケメンはとうとう噴き出した。
ひーっひっひっひーっ、などとイケメンに似つかわしくない下品な笑い方で腹を抱えている。そのまま激しく咳き込んだイケメンに慌ててジュースを渡してやれば、遠慮無くゴクゴクと喉に流し込まれていった。

「話で聞いてた以上におもしれー!」

「へっ?」

話で、聞いてた? と目を丸めれば、イケメンは息を整えながら、微笑んだ。

「彼方からお前の話、聞いてるよ? 俺、彼方の幼馴染みなだけなんだから、そんな顔すんなって」

「幼馴染み?」

聞き返せば、イケメンはニッと白い歯を見せた。まるでガムのCMの様な爽やかさだ。
そういえば、なんだかすごく良い匂いもする。どうしよう、イケメンすぎてちょっと怖い。こんなイケメンに無謀な威嚇をしたことを、ちょっと後悔した。

「あんたのお陰で彼方、最近楽しそうだからさー。これからも頼むよ、あいつのこと」

言って、イケメンはポンッと肩を叩いてくる。
呆然と見上げているこちらに爽やかな笑みを向けて、ハラハラとその様子を見ていた菅田には、一瞬だけ目を細めた後、にっこりと満面の笑顔を向ける。
じゃあな、と軽く手を上げ、イケメンは背を向けてカナタさんを追って行った。残り香すら、爽やかすぎる。

「お前さ……もう少し人目を気にするとか……」

イケメンの姿が見えなくなると菅田が声を低めて話し出したが、全く耳に入って来ない。

………カナタさん、俺の話してくれてるんだ!?
しかも、楽しそうなんだ!?

知らずにニヤニヤと緩む口元に、菅田が今日何度目かの大きな溜め息を吐いた。

「調子に乗るぞ……これは……」


明日、店に入ったら言ってみようかな。

『カナタさん! 一緒に飯食いに行きましょうよ! いっぱい話しましょうよ!』

そんなことを実践して、遂にカナタさんの強烈な右ストレートを喰らうのは、また別の話。



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あきゅろす。
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