ラストオーダー
【番外】アナザーオーダー2
………最悪だ。
駅前の本屋から出た瞬間、後悔した。
あと五分、いや、一分でも遅く本屋を出ていればよかった、と。
「航矢君…」
目の前で、香帆ちゃんが気まずそうに顔を歪めていた。
香帆ちゃんは真っ白なふわふわのワンピースを着て、隣に立つ男性の腕に自分の腕を絡ませている。
たまたまそんな瞬間に鉢合わせた自分の運の悪さは、今現在がピークなんじゃないだろうか。
男性に寄り添う様に腕を絡ませた香帆ちゃんは凄く幸せそうで、そんな表情を見たら足が動かなくなってしまった。
─早く、居なくならなきゃ。
香帆ちゃんを応援したんだから、香帆ちゃんを困らせちゃいけないのに。
それなのに…
ごくん、と唾を飲み込んでから、ようやく踵を返した。
何も見なかった。
俺は何も見てない。
今日はこのまま帰って寝よう。
本は明日読もう。
とにかく、ここから去ろう………
「あれ?お前、ユウキの友達じゃん」
不意に背後で、香帆ちゃんの隣に立っていた男がそう言った。
その声にサァッと血の気が引く。
香帆ちゃんしか見てなかった。
香帆ちゃんしか見えてなかった、けど、でも。
恐る恐る振り返って、やっぱり見なきゃ良かった、と二度目の後悔をした。
「やっぱり!心霊サークル焼きそばの眼鏡君だろ!」
そう言って、真っ白で歯列の良い歯を見せつけて笑ったのは、二度ほど見たことがある顔だった。
一度目は、ファーストフード店。
二度目は、大学の文化祭。
高い身長に、野性的な印象のある男らしい容姿。
どこからどう見ても否のないイケメン。
カナタさんの隣に居た、カナタさんの友人……『翔平さん』だ…………
あああ、最悪だ………
そうか、香帆ちゃんが好きになった人はこの人だったんだ…
そう言えば、文化祭の後から香帆ちゃんの様子がおかしかった気がする。
そっか…あの頃から好きだったのか…
込み上げそうになった涙を飲み込み、思い切り背を向けた。
半ば逃げる様に大きな一歩を踏み出したのに、腕を掴まれて立ち止まる。
見れば、翔平さんが自分の左腕をがっしりと掴んでいた。
香帆ちゃんも自分も、顔面蒼白だ。
「あー、なんつったっけ、名前…
…あ!『すだか』!!」
「………すがた、です…」
毎日毎日優希に向かって放つツッコミとは比にならない弱々しい訂正を入れると、翔平さんは爽やかに笑った。
「丁度良かった!すだかに言いたいことあったんだよな」
「…すがたです…」
もう一度訂正してから腕を引いてみても、翔平さんはビクともしない。
そんな翔平さんに、香帆ちゃんはオロオロとこちらを見ている。
香帆ちゃん、オロオロしたいのは俺の方です。
「今からちょっと付き合えよ、すだか」
「すがたです、って、え?」
「どうせ暇だろ?」
暇じゃない!
そう叫びたいのに、翔平さんはぐいぐいと腕を引いて歩き出してしまった。
引きずられる自分を、香帆ちゃんは戸惑った様に見つめている。
「ま、待ってください!」
「あ?」
思わず叫べば、翔平さんは眉を寄せて振り返った。
漸く眉を下げて立ち尽くしている香帆ちゃんに気付き、あー、などど声を発して頭を掻いた。
そして、酷く気だるそうに言う。
「ごめん。キミってさぁ、誰だっけ?」
香帆ちゃんの目が、大きく丸まった。
多分、自分も同じ表情をしている。
それを気にもせず、翔平さんは続ける。
「メール来たから、とりあえず会ってみたけど…
ごめん、名前も思い出せねぇ。俺の元カノ?」
駅前の人通りの多い通りで、翔平さんは何でもない様に言った。
隣を擦れ違う人達が、眉を潜めてこちらを見ている。
そんな視線の先で、香帆ちゃんの大きな瞳に涙が溜まっていく。
ふるふると肩を震わせていた香帆ちゃんの瞳から涙が溢れるのと同時に、香帆ちゃんは背を向けた。
そんな香帆ちゃんに慌てて手を伸ばしても、翔平さんに腕を掴まれたままの自分の手は空を切るだけで。
ヒールを鳴らして駆け去っていく後ろ姿に頭が真っ白になった。
香帆ちゃんの傷付いた表情に沸々と沸き上がる感情。
自分の腕を掴む、この男に対する怒りだ。
「すだか?どうした?
この近くに良い店あるんだぜ」
ケロッと言う翔平さんに、冷えきっていた頭が、一気に熱くなっていった。
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