ラストオーダー
【番外】アナザーオーダー1


─最悪だ。


美脚を惜しまずに見せつけるミニスカートを揺らして去っていく後ろ姿を見つめ、真っ白になった脳内でそう思った。


「ごめんね、航矢くん。他に好きな人が出来たの」


そんな残酷な宣言を残して、彼女は去っていく。



菅田航矢。
三年付き合った彼女に、フラれました。





失恋したからと言っても、変わらずにいつもどおりの朝は来る。

鏡に映った自分の目の下にはくっきりとした隈が浮かび、寝起きだから、では言い切れない様な青白い顔だった。



彼女…香帆ちゃんとは、高校の頃から付き合っていた。
休みの日には二人で遊びに行ったり、函館に旅行に行ったこともある。
互いの両親とも仲が良くて、正直に言ってしまえば、結婚まで考えていた相手だった。

いつも笑顔で、たまに甘えん坊の、可愛い香帆ちゃん。

そんな香帆ちゃんに別れを告げられたのは、昨日の夕方の事だ。

メールで大学近くにある公園に呼び出され、「他に好きな人が出来たの」。


目の前が真っ暗になるってのは、ああいう感じなんだろう。


申し訳なさそうに泣きそうな表情で見上げてくる香帆ちゃんに、どうにか最後の男らしさで引きつった笑みを見せた。

「そっか…わかった。香帆ちゃん、頑張ってね」

震えた声で出た見栄だけの偽りの言葉に、彼女はホッとした様に微笑んで去っていく。

─どうか、夢であって欲しかったよ…





ずるずると重い身体を引きずって講堂に入ると、一番前の席に座る香帆ちゃんが控えめに手を振ってくる。

『これからも友達でいようね!』

そんな香帆ちゃんの言葉を思い出して、軽く手を振り返した。

香帆ちゃんが友人達と話を再開するのを横目に、自分は一番後ろの席を目指す。

そこには、親友の姿がある。

いつも講義開始ギリギリに現れる親友・優希にしては珍しく、既に席に着いているのに首を傾げながら、その隣に座った。


「おはよう、優希。早速なんだが聞いてくれ」

「おはよう!菅田!
今日は良い天気だね!とても清々しいよね!爽やかな朝だ!」


突如叫びだした優希に、はぁ?と眉を寄せ、それからゾッとした。


優希は、輝いていた。


それはもう文字通り、キラキラキラキラと光を発する程に明るい笑みを称え、今にも踊り出しそうな躍動感すら感じ取れる様な程の輝きだ。

見るからに、幸せです、というオーラが惜し気もなく出ている。

それに気圧されていると、優希は更に明るい微笑みを見せつけて口を開いた。


「ありがとう!菅田!
菅田が背中押してくれたから、カナタさんと仲直りできたよ!」


そう言う優希に、ああ、と合点がいった。

そう言えば昨日。
香帆ちゃんから呼び出される前、絶望に浸っていたのは優希の方だった。

『愛しのカナタさん』に嫌われた、とか言い出した優希を叱咤し、告白するように仕向けたのは自分だ。


「…で、カナタさんに告ったのか?」


問えば、優希は目元をぐちゃぐちゃに緩めて何度も力強く頷いた。


「カナタさんにね、好きって言ったらな、ギュッ!って!ギュッ!!って!カナタさんがギュッ!!て!!」

「あー、はいはい、そうか、わかったわかった」


とりあえず、上手くいったらしい。

そもそも、カナタさんが優希を嫌いな筈が無いのは見ていればわかる。

気付いてないのは本人達だけじゃないのか。


「もう幸せで幸せで…菅田大好き!!」

「おぉ…よかったね」


その後も、事細かにカナタさんがどれ程可愛かったかを伝えてくる優希の幸せそうな表情を見ていたら、自分がフラれた事なんか言えなくなってしまった。


優希の幸せそうな声が、どこか遠くに聞こえた。





─────────……


大きな溜め息を吐く。

同じ学科の香帆ちゃんは、どれだけ気まずくても顔を合わせることになる。

その度に、付き合っていた頃と変わらない可愛らしい微笑みを向けられることが、激しく胸を抉る。

講義終了と共に、猛烈な勢いで去っていく優希を見送り、よろよろと駅へと歩き出した。

今日は、何ヵ月も楽しみに待っていた文庫の続編の発売日だ。

駅前の本屋で買って、自宅でひっそりと読もう。

何も考えず、本の世界に浸ろう…


もう一度吐き出した溜め息は、やはり重かった。





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あきゅろす。
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