ラストオーダー
【番外】アナザーオーダー3



「っ謝れよ……」


呟いた声は自分でも驚く程に低かった。


「今すぐ香帆ちゃんに謝れよ!!!」


辺りに反響するほどの大音声で叫べば、チクチクと視線が突き刺さる。

でもそんなの関係ない。

今はただ、この男が憎かった。


「あの子、香帆っていうんだ?
やべぇ、名前聞いても誰なのかわかんねぇ」

そんな翔平さんの声に、カッと頭に血が昇った。


パンッという乾いた音が響く。

翔平さんの左頬を、思い切り叩いた音だ。

叩いた右手がジンジンと痛む。

叩かれた翔平さんはきょとんとしていたが、不意に眉間に皺を寄せて見下ろしてきた。

高い位置から見下ろされる威圧感は凄まじく、僅かに冷静になった自分の足がすくむのが解った。

後退ろうとしても、未だに自分の左腕を掴む翔平さんの手は離れない。

それどころか、握り潰されそうな程にギリギリと締め付けられていた。

明らかに怒気を含ませて見下ろしてくる翔平さんを、僅かに残っている勇気を振り絞って睨み返した。


「今すぐ、香帆ちゃんに謝れ…!!」

「…何で?」

「傷付けただろうが!!香帆ちゃんはな、あんたの事が…!!」

「好きだから?そういうの面倒だから、ってどの女の子にも事前に言ってるんだけど」


平然と返してくる翔平さんに、はぁ?!と眉を寄せる。

翔平さんの冷たい目が更に細められた事で、なけなしの勇気は崩壊寸前だった。


「俺は遊びでしか付き合わない。って、皆知ってるんだよ。
それでも良いって子とは遊んであげてんの。
遊びなのに傷付いたとかめんどうくせぇ」

はぁ、と溜め息を吐いた翔平さんに、目の前がクラクラと揺れた気がした。


………遊び?

あんなに幸せそうに微笑んでいた香帆ちゃんとは、遊びだったって?

そもそも、名前すら知らないなんて。


あんなに、あんなに良い女の子を、こいつは。



掴まれた腕を思い切り振っても、翔平さんの腕が離れない。

ギリッ、と歯を食いしばってから睨んだ。


「離せよ…!」


呟いても、翔平さんはシラッと目を細めるだけだ。

もう一度振りかざした右手も掴まれ、非力な自分に嫌気が差した。

怒りで涙目になってしまうのを誤魔化す様に睨み続けていると、翔平さんは眉を寄せたまま首を傾げる。


「……なんだ、すだか、さっきの子好きなのか」

「!!」

「安心しろって、俺は絶対付き合わないから。
女は適当に優しくしとけばすぐに落ちるよ?」


ニカッと明るく笑う翔平さんに、今度こそ怒りが頂点まで登り詰めるのが解った。

目の前が赤い。

頭が真っ白、どころか、怒りで真っ赤だ。



振り上げた右足は翔平さんの腹にクリティカルヒットした。

顔を歪めた翔平さんをキッと睨んだ途端に、遂に堪えていた涙がぼろぼろと溢れ落ちてしまった。

それに気付いた翔平さんの目が丸くなる。


「すだか……?」

「落ちるわけねぇだろ!!!
フラれたんだよ!!
他に好きな人が出来たって!!!
三年だ!三年付き合ってたのに!!
俺じゃなくてあんたが好きだって、別れたんだよ!昨日な!!」


叫べば、堰が外れた様に涙がぼたぼたと落ちていく。

脳裏を過るのは、明るく可愛い香帆ちゃんの笑顔だ。

香帆ちゃんが好きで好きで、香帆ちゃんを幸せにしたかった。

それなのに、こいつは…!



「香帆ちゃんに優しくしてあげなきゃいけないのはあんたなんだよ!!
俺じゃ駄目なんだよ…!!
だから……!!」


そこまで叫んで、膝から力が抜けた。

カクン、と崩れかける自分を翔平さんが支える。

こんな時に腰が抜けるなんて、自分の不甲斐なさで更に涙が出た。


「お願いだから…香帆ちゃんを傷付けないでくれよ…!」


ずっと守ってあげたかった女の子の、悲しげに歪んだ表情が胸に突き刺さっている。

それなのに、何も出来ないなんて。






ひたすらに泣き続ける自分は、ただただ格好悪くて、ダサくて、頼り無くて。


香帆ちゃんは、そんな俺だから嫌いになったんだろうな。




でも、香帆ちゃん。



こんな奴じゃなくて、俺にしとけばよかったのに。





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