ラストオーダー
オーダー7

- side KANATA -





しとしとしとしと。



窓の外はまだ昼間だというのに暗く、止まない雨で濡れている。

店に来る客もお洒落着を濡らして残念そうにしているのが主で、店長の意向で常にタオルを貸し出している。


そんな中、いつもと同じ窓際の席に座っている『奴』は、さっきから微動だにしないで窓の外を見つめていた。

いつもにこにこ(にやにやとも言う)している奴には珍しく、その表情は妙に憂いがあり、少しだけ気になった。

どこか寂しげにも見える視線が、窓枠で跳ねる雨を見つめる。


メニュー表をカウンターの端に置いてから、その席に近付いてみた。

いつもならそれだけで気付くのに、今日はただひたすらぼんやりとして、テーブル脇に立っても全く気付いていない。

それに僅かにイラッとして、片手を奴の目の前で振ってみた。

するとハッと我に返ったのか、目を丸めて見上げてきた。


「カナタさん?」


どうしました?と小首を傾げてから、まだ湯気が上がっている珈琲を啜る。

…ちょっと心配したっていうのに、なんだその間抜けな顔。と更に苛立ちながら、窓の外に視線を向けた。


「雨、止まないな」

「そうですね」


嫌だな、と付け足すと、奴はそうですか?と首を傾げる。


「俺は、好きです」


好き、という言葉に、視線を向けると、奴はやはり窓の外をジッと見つめていた。

何かを思い出しているのか、目許を柔らかく細めている。


「…意外だな。晴れ男っていうイメージなのに」

「雨の日に、すごーく良い思い出があるんです」


良い思い出?

問えば、奴は窓から視線を上げて、こちらににっこりと微笑む。


「雨が降っている日に、世界で一番大好きな人と初めて会ったんです」

「………」


いきなりなんだ。

反応に困っているのに気付いてか、それとも話したいだけなのか、奴は勝手に話し出した。


「…今日みたいに雨がすごく降ってて、ちょっと蒸し暑くて…」


また窓の外へと移っていく視線は、とろんと思い出に浸る様に細められている。


雨に魅入られてる様だ、と思った。
馬鹿馬鹿しいけれど。



「凄く綺麗で、優しくて、笑うと本当に可愛い人なんです。
雨の中でも、きらきらしてて」


奴は愛しそうに雨を見つめ…
雨を、というよりも、その雨の向こうにいるのかもしれない、想い人を見つめているのかもしれない。


雨の降る日に、出会った人?


そうして、記憶を辿ってみる。






―こいつが初めてこの喫茶店に来たのは、晴天の春だった。


店の前を掃除していたら、奴が異常なまでに吃りながら、「入ってもいいですか?!」なんて聞いてきた。


喫茶店なんだから、勝手に入ればいいだろう。と不思議に思ったから、今でも頭に残ってる。

どうぞ、と扉を開いて中に促しても、奴はジッと人の顔を見つめてくるだけでなかなか入ろうとしなかった。

なんだ、こいつ?と黙っていると、奴はいきなり言った。


「今日は、良い天気、ですよね!!」


思えば、最初から挙動不審でおかしい奴だった。

だから、今でもこんなに鮮明に覚えているのかもしれない。









そうやって物思いに耽っていた時、唐突に理解した。



なんだ。


こいつ、好きな人いるんだな。







そもそも何で、本気でこいつが自分を好きだとか思ったんだろう。





馬鹿らしい。









まだ降り続ける雨に、奴は珈琲を啜りながら、優しい視線を向けていた。

その脳裏には、きっと雨の中に佇む愛しい人がいるんだろう。





静かに踵を返して、カウンターへと戻った。

背後からカナタさん?と呼ばれたが、丁度良く客に呼ばれて、奴の声は無視した。

今は、何も話したくない。

何故かは、わからない。







―……早く止めばいいのに。


しとしとしとしとしとしと。


まだ、雨は止みそうにない。


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あきゅろす。
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