ラストオーダー
オーダー8




ジリジリと照りつける太陽で、目が焼けてしまいそうに熱い。

全身くまなく熱いが、最早感覚は麻痺して、唯一目だけは暑さに悲鳴を上げている。

連日の猛暑で疲れきった重い身体を引き摺って、喫茶店の入口を開いた。

開いた瞬間、中から溢れ出る冷たい爽やかな空気に生き返るようだ。

思わず漏れた笑みを隠しもしないで中に入り、あれぇ?と首を傾げた。


店内には涼を求めてやって来た見知った顔が数名。

通い続けるうちに仲良くなった貴婦人達にこんにちわ!と返しながら、店内を見渡した。


カウンターにもどこにも、愛しのカナタさんと店長さんが見当たらない。

なんて無防備なお店なんだ!と思いながら、いつもの席(店の奥、一番窓際)へと向かう。

そして、あ、と口を開いた。


店の裏側にある小さな花壇の前に二人の姿が見えて、思わずべたりと窓ガラスにへばりつく。


日に日に植えられているものが本格化していった花壇には、トマトやきゅうりが生ったと数日前にカナタさんに聞いた。


もしかして収穫してるのかな?


おでこをガラスに押し付けて凝視していると、視線に気付いたカナタさんが振り返る。

一度ギョッとした様に目を丸めてから、眉間に皺を寄せて睨んできた。

気付いてくれたー!と手を振っていると、店長さんが屈めていた腰を上げる。

こちらに気付くと柔和な笑みを見せて、トントンと片手で腰を叩きながら店内へと戻ってきた。


老体の店長さんは、最近よくその動作を見せる。

それに対してカナタさんが心配そうに見ているのも知ってる。

やっぱりカナタさんは優しい。


店長さんの後を追って店内に入ってきたカナタさんの腕には、大きな白いボウル。

覗き込むと、ツヤツヤと輝くように熟れたトマトときゅうりが詰め込まれている。


「うわー!うまそー!」


うっかり大声で叫んでしまいハッとして口を手で押さえたが、店長さんが嬉しそうにニコニコとしていたから手を降ろした。


カナタさんは、流水で洗ったトマトときゅうりを適当に寸断し、ミキサーへと放り込む。

冷蔵庫から出した玉ねぎとピーマンも更に入れて、ついでに豆乳を注いだ。


…………ドレッシング…とか、かな…?


一体何を作るっているのか解らず、黙ってそれを見ていると、いつの間にか隣に立っていた店長さんが、カウンター前の椅子を勧めてくる。

首を傾げながら座ると、カナタさんはミキサーの中の謎の液状をグラスへと移した。



半固形。


色は薄緑・赤・白の斑。


匂いは玉ねぎ。



………グラスに注いだ、ということは飲み物なのだろうか。


内心狼狽しながらその液状の物体を見つめていると、案の定、カナタさんはストローをグラスに突き刺した。


やはり、飲み物らしい。


予想は出来ていたが、自分の目の前にそれが置かれた。


「…あのー…」

「飲め」


これは何ですか、と聞こうとした瞬間、バサリとカナタさんが言い放つ。


カナタさん。
新手の罰ゲームですか?


躊躇いがちに片手でグラスを引き寄せて、ストローで半固形のそれを混ぜてみる。


良く言えば、シェイク。
悪く言えば、ごった煮。


漂う玉ねぎ臭にゴクリと唾を飲み込んでいると、不意にカナタさんが溜め息を吐いた。


「……夏バテしてんだろ、お前」

「へっ?」

「……最近、ずっとダルそうだったから」


言って、カナタさんはパッと視線をそらしてしまった。

ギュッと寄せられた眉に、少しだけ噛まれた唇。

ずっと見てきたから、今ではその表情が『照れている』んだと解る様になった。


思わず口許を綻ばせてカナタさんを見つめていると、カナタさんはそれに気付いて思い切り睨んでくる。


「なんだよ!」

「ふへへへへへ」


にやにやしてしまった口許を手で隠して、心から嬉しくて堪らず目も緩んだ。


「もー、カナタさん大好きです!!」


高らかにそう宣言してからグラスをギューッと両手で掴む。


グラス中に詰め込まれたカナタさんからの愛情(だといいな)を抱き締めた気持ちだ。


幸せいっぱいでストローを動かしていると、カナタさんがスゥッと視線を落とした。

半ば俯く様になったカナタさんの口が、小さく動く。


「好きな奴…いるくせに…」

「え?」


上手く聞き取れずに首を傾げるが、カナタさんは視線を下げたままミキサーを洗い始めてしまった。


どこかおかしい様に見えたカナタさんの態度に首を傾げたままだったが、思いきってストローに口をつける。


力いっぱい吸引してみるが、ドロドロのそれは、なかなか口まで辿り着かない。

必死になって吸い続けていると、不意打ちの様に口に広がった味に目を丸めた。


それは、想像以上に優しい味に仕上がっており、決して不味くはない。

むしろ、飲み物ではなくスープとして出せば、かなり良い評価を貰えるのではないかと思う。


「カナタさん!美味いです!!」

「…全部飲めよ」


ポツリと返してきたカナタさんに、元気良く、はい!と返す。


カナタさんが作ってくれた物を残すわけないじゃないですか!


そう言いながら吸い込んだ半固形物質。


やっぱり肺活量が必要で飲みづらいけれど、カナタさんの愛は十余分に感じた。

だるかった体が一気に軽くなる様で、カナタさんの愛の力は偉大だな!と、またにやけてしまう。


今は、今年の夏はもうバテない自信が溢れていた。








幸せ顔でストローを吸い続ける自分は、カナタさんが複雑な顔をして視線を落としたままだったことを気にも留めなかった。




それが、カナタさんを苦しめてるなんて、微塵も思っていなかった。


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