だるまさんが転んだ! 寒風吹き荒ぶ中、俺は鞄の中身を漁っていた。 隣でトキがいくら自分の肩をさすろうが、どれほど騒がしく地団太を踏もうが、部屋の鍵は出てこない。地団太は困る。アパートの廊下だぞ。もう終電も過ぎた夜中だぞ。 「ちょ、うるせんだけど。静かにしてよ」 「……って、寒!早くしろよ!鍵だよ鍵!どこやったんだよ!」 「わかってるっつの。ど、こいったかな……」 「キーホルダーつけとけっつったろ馬鹿!」 どこにしまったのか。鞄、財布、ジャケット、パンツ。 あちこちひっかき回すのに出てこない。今、俺の、家の、ドアの前に、いるのに。 夜風が一層強く吹き、容赦なく冷気が突き刺さる。トキはふひぃぃあぁと声を上げた。 一通りありそうな場所を確かめて、もうため息しかでない。 「だめ。見つかんない」 「あきらめんなよ!殺すぞ!死ぬか開けるかどっちかにしろ!」 「知らねえよ、鍵に言えよ」 「おお言わせろ目の前に出せってんだダボ!」 ダボって。肉声で初めて聞きましたけど。 「わかったから声小さくして。マジで響くから」 再び服をペタペタ。セルフ身体検査。 真横には鬼のような形相のトキ。二十歳前の平凡な学生がどうしてこう凶悪な顔ができるものか。目をそらしながら、間を持たせようと口を開く。 「トキんとこ終電はえーんだもんな。マジ不便」 「俺のせいにすんのかてめえ」 「違うけど。店からも遠いんだからさ。バイトの行き来ダルくない?」 まず上から行きましょー。 ジャケットの内外ポッケ。シャツの胸ポッケ。 「今更引っ越しとかだりいし、店に近づけたら大学から遠くなっからやだ」 パンツの前とケツのポッケ。ちっちゃいポッケ。 「って言ってもバイトの後は大抵俺んち来んだからさ、変わんないじゃん」 「この辺でまた部屋探しとか面倒だっつってんだよ。それともここ住まわしてくれるわけ?」 一応靴ん中も……やっぱねえか。んな所にあったら歩きながら気づくわ。 うーんと首をひねっていると、トキはガンガンと拳で扉をたたいた。だからうるせえって。 「うん、別にいいよ」 「マジで!?つうか俺がいいわ遠慮するわ。ハタチの男二人暮らしとか勘弁です」 「あ、そう」 どーこやったんだったかなー。鍵かけてケツポッケ入れたのに。バイト行って終わって電車乗って定期出して、 「俺はいいけどな。お前のこと好きだし。やってけそうじゃね?」 「好きとかいう問題じゃねーよ。なんだよてめ、彼女かよ」 あー。あ?定期に絡みついて出てきたのかも。でもそれは、ちゃんとキャッチして、 「うん、彼女になりたい」 は?トキの間抜けな声。一声でこんなアホ晒せんのこいつくらいじゃね。 違くて鍵鍵。えーとキャッチして若干もてあそんで、 「俺と付き合わね?っつってんの」 あ、思い出した。 口半開きにして固まってるトキの、だぼだぼなズボンのケツポッケ。 手を入れると堅い感触。 「あったよ、鍵」 抜き出して現れたのは、やっぱり俺の家の鍵。 そうそう、なんか気まぐれに入れたんだった。 何といってもここはボロアパートで、施錠解錠の音がやたらやかましい。なるべく慎重に鍵を回す。ガチリ。錆び付いた感触で鍵は開いた。 「開いたけど……入んねえの?」 トキはまだ呆然としたまま動かない。寒いから凍ってしまったのか。なんて言うほど俺も天然じゃねーけど。 「早く入れって」 「お、や、っぱり帰」 「終電ねーだろ」 すいっと腕を引いてやれば、大した抵抗もなくトキは玄関によろめいた。 知ってんだっつの。ぼんやりしてると思われてるけど、そんな俺だって色々ね。 ドアを閉める直前に、差し込んだ外灯が照らしたトキの耳。火傷かよってくらいの赤さだし。 さてどうしよう。せっかく開けたドアだけど、明日の夜まで出してやらんことにしよう。 まだまだ寒いしね。外。 ←→ [戻る] |