夕陰草
影見えて07
洋兵からの連絡を待つこともなく、怯えず過ごす1日はあっという間に過ぎていく。季節は肌寒い秋に変わっていた。先日の高宮とのドライブも、要の平穏に一役買っているのは確かだ。仕事も順調で、案件事態はそれほど大きくはないが其なりに熟していく。
外へ出掛けることの少ない職種ではあるけれど、たまに営業と出掛けることがある。それは新規案件の打ち合わせ兼顔合わせの時。

「黒見くん、行くよー」

そう声を描けてきたのは、営業では珍しい女性の若江だ。比較的長めの髪をアップに巻き上げて、スーツを着こなす様はまさに出来る女だ。

「はい。よろしくお願いします」
「まぁ、黒見くんは座ってるだけで良いし大丈夫でしょ。顔合わせ程度の打ち合わせだし、細かいのは後日私がフォローするしね。今日行く先方の会社の場所は知ってる? 」
「あ、一応場所と社名は確認しました。あと過去の物件も幾つか。俺、不動産の広告とかはじめてなんで」
「うん。勉強熱心なのは良いことね」

そう言いながら歩き出す彼女に慌てて付いていく。要にとってこの新規案件は不安材料だ。この社名に、聞き覚えがあるからだ。でも仕事は断ることが出来ない。胸中は複雑だった。

高宮はあれから一定の距離をきちんと保ってくれている。踏み込んで来ないけれど、無関心という分けでもなく、要が不安がったりしているとふらりと現れて、「大丈夫」と頭を撫でてくれる。優しく笑って。そんな高宮に癒されていた。

別のところで、大貫とも少しプライベートな付き合いまで発展した。これまではあくまで店側と客だったのに、互いの連絡先を交換して1度だけ遊びに行ったこともある。大貫の仕事上、どうしても昼間には行けないので、大貫の休みに合わせて要が仕事終わりに出掛けて待ち合わせて軽く飲みに行ったのだ。

現実逃避するように無駄に物思いに耽っていると、急に女性の声で呼び掛けられた。

「黒見くん? 着いたよ? 」
「あ、うん」

不安になると人の温もりが欲しくなるなんて、洋兵と別れてから要は弱くなった気がする。強かったわけではないけれど、特に。 といっても誰でもと言うわけではない。今のところ頼れるのは二人だけだし、要から言わせると全然タイプが違う。高宮は傍に居て癒されて落ち着けるけれど、それだけだ。大貫は何となく傍に居て楽しい。弱い自分を見せるには抵抗があるけれど、それは嫌われたくないという防衛本能からだ。

「黒見くん? 」
「すみません、大丈夫です」

また思考の中に沈みそうな要を、若江は名を呼んで引き戻してくれた。
仕事中にこれではいけないと要は自分を叱咤する。

それほど大きくはないがちゃんと受付のある会社。受付は無人で人は普段置いていないようだ。机にある呼び出しボタンでを押すと、数秒待って制服を着た事務員の小柄な女の子が迎えてくれる。エレベーターで4階まで上がり、応接室に案内された。
女の子が出ていって、若江と共に担当者が来るのを待った。
しばらくして、ドアがノックされ、若江と椅子から立ち上がって担当者を迎えた。

悪い予感は当たるんだな。

要は茫然と入ってきた担当者を眺めていた。

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