夕陰草
影見えて06
車は来た道を引き返し、会社近くのパーキングに入る。そこから駅の方に少しだけ歩き、雑居ビルの2階にある照明の絞られた雰囲気のある店に入った。
ボサノヴァ系の音楽が流れている店内は、女の子のお客さんが比較的多い。
「いらっしゃいませー」と店員が声を掛けたのとほぼ同時に艶やかな声が降りかかる。

「珍しいわねー。あんたが来るなんて……」

と言いかけて口をつぐんだようだった。声の方に身体ごと振り向くと、そこにはゲイの要でも見惚れてしまうほどの美人が居た。

「あら、お客さん ?いらっしゃい」

にっこりとその女性は妖艶に微笑んだ。
高宮の知り合いなのかと顔を向けると、要が口を開く前に苦笑しながら答えてくれる。

「俺の姉貴の瑞季」
「え?! 」

目を丸くした要に、高宮の姉が笑った。

「はじめまして。可愛い方ね。まぁ、ちょっとあれな店だけど気にしないでゆっくりしてってね」

柔らかいウェーブのかかった髪をふんわりと揺らめかせ、艶やかな高宮の姉はカウンターの奥に消えていく。『あれな店』という単語が引っ掛かって、隣に視線をやると、高宮は顎で要の後ろ辺りを示す。釣られるように振り返れば、ソファ掛けの席で女の子が二人、恋人同士のような距離で楽しそうにしていた。

「…………」
「……だから偏見ないっていったろ? 」

そう言うことかと、要は納得する。『あれな店』とはつまり同性愛者の、と言うことらしい。

「俺自身滅多に来ないし、他人なんて連れてきたこと無いんだけど今日は特別な」

高宮は適当な席に要を誘導して、奥へ引っ込んでしまった姉の瑞季の代わりに店員を呼び、適当に飲み物と食べ物を注文してくれている。
高宮の言い放った『特別』という単語が、要の心を揺さぶる。
そんな風に、言って貰ったことはないから。高宮がどういうつもりか分からないけれど、特別だと言ってくれたことが純粋に嬉しい。

洋兵にも、特別に想って貰いたかったなぁ、と他人事の様に考えて、ちらりと高宮を見上げると、物凄く、物凄く優しい顔で微笑んでいた。

「何にも気にしなくて良いから、取り敢えず食って、また明日少しは元気になって来いよ」

顔が赤くなっているのは、バレていないだろうか?店内が暗くて良かったと思う。

そう時間もかからず頼んだ料理は次々とやって来て、二人でアルコール片手に平らげた。
高宮が気を使ってくれているのが分かって、申し訳ない気持ちと、くすぐったい気持ちと、それと、暖かい気持ちの色んな感情が混ざって、また泣き出しそうだった。

また明日、そうやって日常を平穏に繰り返すのも悪くはないと、そう思えた1日だった。

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あきゅろす。
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