夕陰草
影見えて04
指定された場所までいくと、高宮が車を止めて待っていた。扉に凭れて、煙草の煙を燻らせる姿は、まるで絵から抜け出てきたように様になっていた。その高宮が要に気づいて手を振る。

「黒見、こっち」

仕事を終えたばかりらしい高宮は、ネクタイを緩めていて、何故だか凄く色気が漂って見える。そんな高宮に呼ばれて、気恥ずかしさに向かう足が知らず緩まる。が、数歩も足を進めると高宮の車へと辿り着いてしまう。

「……なんか高宮、物凄く恥ずかしいんだけど」
「あ? なに言ってんだ? 」
「な、何でもない! 」

要の顔を不思議そうに見る高宮に居心地が悪くなった頃、「まぁ、いいか。乗れよ」と要を助手席に誘導した。言われるまま、車に乗り込んだのはいいけれど、目的も行き先も聞いていない要は、迷いもなく滑るように走り出した事に戸惑っていた。

「あー、何処いくの? 」
「ん? 気分転換に」

そっけない返事に、要は高宮の運転する横顔を眺めた。
こうして改めて高宮を見てみると、彼は実は格好いい部類に入る人間だと気付かされる。少したれ目な二重瞼に、高すぎない整った鼻梁の爽やかな顔立ち。声だって低くて平らなようで太い良い声だ。モテるだろうなと、思う。

要が高宮の顔をじっと見ていることに違和感を感じたのかどうなのか、高宮は突然クツクツと笑いだした。

「黒見、俺んこと見すぎ」
「え、あ! ごめん! 」

慌てて視線を逸らし、車の外の景色を目で追った。
何だか妙に気まずい。
ただの同僚だと思っていたのに、なぜこんなに構うんだ。確かに精神的に弱っているから、人恋しいのは否定しないけれど。

じっと流れる景色を見ていると、車は国道を出て県道に入り、どうやらこの先にある展望台に向かっているようだ。

「ところで、何だってこんな時間まで会社の近くに居たんだ?」

前を向き運転しながら尋ねる高宮の口調は、心底不思議そうだ。

「……うん。近くの店に居たんだ」
「1時間近くも? 友達? 俺邪魔した? 」
「ただの知り合いだよ。そんなんじゃ、ないし」

大貫の優しい笑顔が脳裏に甦る。あの手が作る優しいカフェオレも、優しい声も、要の中に甦る。

「そう? 」

ちらりと要を見た高宮は、口角を上げて笑っていた。

展望台に行くと思っていた車は、そのまま展望台を通りすぎ更に開けた場所へと停車し、高宮は要に降りるように促してきた。車を降りて、前を歩く高宮について行く。
そこは展望台から少し離れてはいるけれど、どうやらずっと続いているようで胸の高さまで安全用の柵がある。開けた視線の先は、街が一望出来る。
柵に凭れるように身を委ねた。
眼前には日の落ちた暗闇に浮かぶ人工の光。

「こんな場所、よく知ってんな? 」
「ん? 人少ないし、穴場だろ? 」

隣に立った高宮は優しい顔で要を見つめていた。

「…………」

高宮が手を伸ばすと、要の体は無意識にピクリと反応するが、その手は優しく要の頭に乗っただけだった。
「良い子、良い子」と言わんばかりに優しく置かれる手は、要の心を解していく。
洋兵が出て行ってから、1度も泣くことすら出来なかった。ただ虚しくて寂しかっただけで、涙なんて出なかったのに、どうして今頃、泣きたくなるんだろう?

「俺、気分が塞がったときはよく来るんだよ、此処。直ぐ其所は結構カップルとかいるのに、此処はちょっとだけ奥まってるから、あんま人来ないし。この夜景見てるとさ、ちっぽけだなぁって思うわけ。だけど、同時に癒されもするんだよ」

何も聞かず、自分の事を話す高宮はとても静かだ。
要の恋人の事も殆ど何も知らない筈なのに、聞かずに居場所だけを提供してくれようとしている。

高宮の優しさに要は知らずに泣いていた。

「……っ」

嗚咽が漏れる。

「……俺じゃ、駄目っ……だったのかな……っ」

ポツリと呟く言葉に答えはないが、傍に居て撫でてくれる手がとても暖かい。一人じゃないと知らせてくれる。

「……取り合えず、黒見は自分に自信戻さねーとな。今は兎に角泣いとけ」

うん。と、要は目の前の夜景に目を向けながら、高宮の優しさに甘えて泣き続けた。

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あきゅろす。
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