夕陰草
影見えて03
こうして、誰かが傍に居るのはとても落ち着くと思う。
カチャカチャ。キュッキュッ。
大貫がカップを洗い上げ磨く音が心地好い。
なんだか凄く大貫に甘えている気がする。客が引けた後とはいえ、営業時間内だ。こんな風に突っ伏している人間が居ると邪魔だろうな、とはわかっている。
あれから大貫は何も言わずそっと触れずにいてくれる、こういう距離感も心地好かった。
「……ゴメンね」
「いきなりどうしたの? 」
「ん。ちょっと落ち着いてきたかも」
「いーよ。人生色々あるよ」
そっと顔をあげて大貫を視界の隅に捉えれば、優しい手が伸びてきて、突っ伏したままの要の頭を撫でてくれた。
たったそれだけの事に泣きそうになってしまうのは、気持ちが弱っている証拠なのかもしれない。
ーー今ごろ洋兵は誰かの頭を撫でているんだろうか? 洋兵は俺以外の人には笑えているんだろうか? 最初は、優しかったのに……。
優しくて暖かい大貫の手が、切なくなる。
「……皆、優しいね」
ポツリと呟けば、「ん? 」と頭をグリグリされる。優しい手だ。高宮の手も優しかったなぁ、と昼間の出来事を思い出す。高宮はノーマルだと思っていたけど、違うのかな?
「うーーん」
要の唸ったタイミングで、ドアベルが鳴った。「いらっしゃいませ」と大貫の優しい低音の声が響く。客が来たのだと判断した要は身体を起こし、邪魔にならないように半分も飲んでいないカフェオレに向き直った。
ブルブルと携帯が震え、要はびくりと身体を震わせた。洋兵の訳はないのに、分かっているのに、勝手に身体が強張る。ーーそう言えば、洋兵は他人からの着信を嫌がってたっけ。お陰で数少ない友人ともこの数年で完全に疎遠になったなーーそんなことを考えながら携帯を開ける。着信は、高宮だ。
「……もしもし? 」
『あ、黒見? 今何処ー? 』
「今? まだ会社の近くにいるけど……? 」
『あ? マジで? 』
「うん。どした? 」
『近くに居るなら出てこいよ。銀行曲がったとこのコンビニで待ってるわ』
高宮は一方的にそう言うと、要の返事も待たずに通話を切ってしまった。要は呆気に取られながら仕方ないと、残っているカフェオレに口をつけた。
そして、また思い出す。洋兵も返事を聞かずに電話を切る人だったと。でも、決定的に洋兵と高宮は違う。洋兵からの連絡は解いても解けない蔦のように要を苦しめていたから。
要はしっかりと大貫特性のカフェオレを味わい、ホールに出ていた大貫に目をやった。
「あ、帰るの? 」
新しい客にコーヒーを出し終えた大貫は要の視線に気づいて、カウンターに座る要の元へ戻ってくる。
「うん。なんか電話かかってきたから。ご馳走さま」
「どー致しまして」
お金を渡しながら視線と会話を交わす。大貫の優しくて真剣な眼差しが何故かくすぐったい。
洋兵にこんな風に見つめて貰ったのは、最初だけだった気がする。
「また来るね」
「うん。待ってるよ」
ふっと笑った顔が、やはり綺麗だなぁと思いながら、要は店を後にした。
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