精霊輪舞〜姫君見聞録〜 . ルディアが再び、その瞳を覗かせたのは、一時間ほど後だった。 心配そうな瞳とかち合い、どうにも不思議な気分だ。 「良かった。気がついた。ルティ、大丈夫?」 アリアスがベッドで半身を起こすルディアを気遣った。 変わらず側には、スィリーセイやセイレーンの姿があり、やはりこちらも心配そうな瞳をしている。 スィリーセイの身体がかすかに輝いているのを見ると、彼女は精霊力でルディアを回復していたようだ。 「大丈夫。何ともないよ。……アリアは?何もない?」 ルディアも同じようにアリアスを気遣った。 お互いがお互いを思いながら、少しずつすれ違ってしまっていたらしい。 「スィリから全部聞いたわ。心配かけてごめんなさい。ルディア」 「ううん。無事なら良いの。私も、ごめんなさい。アリアス」 二人がちょうど言い終わったとき、扉が軽く音を立てた。 「どうぞ」 固い声色のアリアスが扉の向こうへそう言うと、潔く扉が軋んだ。 もちろん現れたのは、二人の青年だ。 背後には紫の人ならざる青年もいる。 「目が覚めたようでなにより。ご機嫌麗しゅう、王女殿下」 白髪の青年ヴィオンが仰々しくその腰を折ると、途端にアリアスの表情が苦虫を十匹は噛み潰したようになった。 その様子を見たルディアも、少なくとも良い人ではないのだと理解をして、表情を曇らせた。 「さて、ティルード王女?」 半身を起こすと、ヴィオンはルディアを強く見つめた。 眼光に負けそうになりながらも、ルディアも王女たる風格を以て対峙した。 「私はティルード王女ではない。ただの娘、ルティ・アシスよ」 「では、ルティ。まずは君が俺の契約精霊にかけた力の封印を解いてもらおうか」 言われて、ルディアの王女の風格は簡単に飛散した。 そうだったと言う風に瞳を瞬かせる。 「ごめんなさい。忘れてたわ。今、解除するね」 ルディアが彼の契約精霊キルフォヴォルトに左手を向けると、彼の身体をうっすら取り巻いていた茶色の光が弾けた。 その光はルディアの手の中に収まったが、あるべき場所を求めるように、すぐさま姿を消した。 「大丈夫か?キル」 封印が解けたらしいキルフォヴォルトに確認を取ると、彼は手の中に紫の光を現してその具合を確かめた。 『あぁ。大丈夫だ』 何度か小さく力を扱っていたが、どこも問題ないようだ。 返答を聞いたヴィオンも笑みを浮かべ、改めて二人に向き直った。 「さて、改めて紹介しよう。俺の契約精霊、雷精霊王キルフォヴォルトだ」 『久しいな。スィリーセイ』 キルフォヴォルトはスィリーセイだけを見据え、そう言った。 すでに再会していたセイレーンは彼女を見つめ、少々心配そうな表情をしている。 『あなたが生きていらっしゃるとは思いませんでした。息災なようで何よりです』 スィリーセイが返すと、キルフォヴォルトも微かに微笑んだ。 相性が悪い属性だが、お互いに仲が悪いと言う訳ではないようだ。 ジークとヴィオンが手近の席に着くと、アリアスとルディアの二人も、ベッドに腰掛けた。 何かしら話がある事は、だいたい予想できる。 「お前ら、この峠で何してたんだ?」 徐にジークが聞くと、アリアスとルディアは顔を見合わせた。 どうやら正体はバレているらしいから、多少話しても問題ないだろう。 と言うよりも、アリアスとルディアが依頼を受けた、事の元凶であるかも知れない炎精霊の気配は、このジークから発せられている。 二人は少し迷ったあと、潔く事のあらましを話した。 「この峠のふもとで、住宅が突然発火すると言う事件が起きているわ。私達はそれを調べているの。宮廷精霊契約士としてね」 「簡単に考えて、炎精霊の仕業でしょう。力の気配を追って来たんだけど、この辺りで消えちゃって。風精霊と緑精霊に話を聞いたんだけど、やっぱり近くに潜んでるらしいの」 アリアスとルディアがそれぞれ言うと、今度はヴィオンとジークが顔を見合わせた。 「それで二人はここに?」 ヴィオンが問うと、二人は同時に頷いた。 彼が何か反応するかと思ったが、妙に困ったような苦笑いを浮かべている。 「さすが双子だな。同じ動作をされると見分けが着かなくなりそうだ」 「あー、確かに。目の色違うだけだもんなぁ」 ジークもそれに同意していた。 そんなリラックスした表情を見るのは初めてだったので、アリアスもルディアも戸惑った。 「えっと、それから、私達は調査を続けようとしたんだけど、あなた達と出会って」 「えっと、それで、あの、私達の契約精霊が感じたの」 戸惑ったまま話続けた二人がおかしかったのか、ヴィオンとジークは笑っていたが、ルディアが言いにくそうにジークを見た途端に表情を変えた。 それを見たアリアスとルディアは一度顔を見合わせ、全く同じ動作でジークを指差した。 「あなたから、炎精霊の気配がすると」 二人が同じ言葉を発すると、ジークはまたも困ったように笑った。 しかしヴィオンはあからさまに嘆息した様子で、傍らの彼を見つめた。 「あーうん、まぁ仕方ないけどなぁ。うん、俺の契約精霊、炎精霊なんだよ」 「でもいないよね?」 「うん、ちょっと、何て言えばいんだろな」 なんとも言いにくそうにするので、聞いたルディアは何だか可哀想になってしまった。 その隣のアリアスも、直球過ぎたかしら、と少し申し訳ないような表情をしている。 しかし、なかなか喋り始めないジークに焦れたのか、彼が何か言う前にヴィオンがそれを言ってしまった。 「こいつの契約精霊は、ある日突然姿を消した。ジークが呼んでもいつまでも現れない。キルが気配を探して、ようやく近くにいないことが分かったんだ。俺達がこの場所に来たのはそいつを探すためだ」 結局、恐らく全ての事柄をヴィオンが話してしまった。 ジークを見れば、傷心したように顔を伏せている。 それに気づいてはいるのだろうが、ヴィオンは彼に何も言わなかった。 「君達が解決しようとしている事件と俺達が探している契約精霊。タイミングとそれらに関わっている精霊種。偶然か?」 ヴィオンはさらに続けた。 二人の話を聞いて顔を見合わせたのも、この為だったのだろう。 その口元には微かに笑みが浮かんでいる。 「協力しようってこと?」 アリアスは眉を寄せた。 その声色が硬い事は、ルディアなら容易に感じ取れただろう。 「そういうこと。話が分かる方で良かったよ。フィティーナ王女」 「私はアリアよ。王女ではないの」 最初にルディアが訂正したような事をアリアスも繰り返した。それを聞いたヴィオンは、さらに笑みを深くしている。 どうも反りが合わないらしいアリアスとヴィオンに、ルディアはただ驚く他にない。 二人の間柄はもちろん気になったが、ルディアはそれよりもジークの様子を気にしていた。 「ね、大丈夫?」 いまだにうなだれたようなままなので、ルディアは心配になって声をかけた。 彼の前でしゃがみ込めんで見上げれば、赤い瞳とかち合う。 「ん、大丈夫だ。悪いな」 一瞬の間はあったが、それでもしっかりと返事が返ってきた。 見上げていた赤い瞳も色味が強くなっている。 満足したかのように笑んだルディアを見て、ジークも少し笑った。 「なぁ、仲の良いお二人さん。話してもいいか?」 膝に頬杖をついていたヴィオンが胡乱げにこちらを見ていた。 ジークがそれに気づくと彼は即座に立ち上がったが、ルディアは微動だにしていない。 ヴィオンの近くにはアリアスがいたが、こちらも彼が意図している事には気づいていないようだ。 一時視線を独り占めしていたジークはわざとらしく咳払いをして、徐に向き直った。 「もう大丈夫だ。お嬢さんらが協力してくれんならすげぇ助かる。お二人さんの精霊とは相性悪いから見つけやすいだろうし」 「姉姫は協力すんのは同意らしい。下手に関わるなとも牽制されたけどな」 含みを混ぜた視線を向ければ、アリアスも睨み返した。 からかいやすいと思ったのか、どうやらお気に入りの様だ。 ジークは姉姫に微かな同情の視線を送った。 確かに相棒はデキる奴だが、あの性格は難点である。 「妹姫のご意見は?」 しゃがんだままのルディアに聞けば、抱えた膝の上で頬杖をついていたようで、視線だけをアリアスに向けていた。 「ルティは好きにしていいのよ。私の意見だもの」 アリアスが気づいて返答したので、ルディアは嬉しそうに笑った。 次いで立ち上がると、くるりと一回転して挨拶してみせる。 「私も協力するよ。悪い事なさそうだし。でも、私はこの人と一緒にいてもいいかな?」 この人、と指差されたジークは虚を突かれた顔をしていたが、それ以上に驚いていたのはアリアスの方だった。 「アリアはその人とあんまり関わりたくないんでしょ?でも、私はこの人ちょっと心配なのよ」 その人、と指差されたヴィオンは少しばかり笑ったが、アリアスは難色を示した。 すでにルディアが説得するように理由を話してしまったので、二の句も告げない。 ましてルディアの好きにしていい、と公言していたし、アリアスも前言撤回する気はなかった。 「分かったわ。好きにしていいって言ったのは私だし。でも気をつけてね」 結局のところ、アリアスが折れるしかなかった。 ルディアが彼に興味を抱いているのは確かだし、それに水を差すほど不粋な人間ではない。 ルディアはジークに許可をもらっていて、快諾をもらったのか笑っている。 常に一緒にいた双子の片割れが側にいないのを寂しく思ったのか。 真相は分からないが、アリアスはヴィオンの上衣の裾を掴んでいた。むろん無意識だろう。 そんな反応をするとは思っていなかったヴィオンは当然驚いたが、したいようにさせていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |