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精霊輪舞〜姫君見聞録〜


「それじゃあ、明日からよろしくね」

話がだいぶまとまったので、四人は一度解散しようとしていた。
明日の昼にはまたここに集まる予定だ。

日が大分落ちてきていたので、町の明かりも灯り始めた。
ある程度、穏やかなまま解散されるかと思ったが、アリアスにふと気づく事があった。

「あら、いま何時?」
「あれ、私達、昨日ふもとに泊まらなかったっけ?」

それには男二人が驚いた。
王女だと言うのに城に帰らなくていいのか。それとも現国王と王妃はそれほどまでに奔放なのか。

「って事は、今日は外出二日目。と言うことは?ルティ?」

「お母様とのお約束。外出二日目の夜七時までに帰らない場合は……」

事の成り行きを見守っていたヴィオンとジークだったが、突如王女二人がそれぞれに胸倉掴む勢いで顔を近づけたため、それまでの考え事は飛散した。

「ヴィオン!」
「ジーク!」

それぞれファーストネームを呼ばれたのは初めてな気がする。
などと喜んでいる場合ではなく、王女達の表情は危機迫っていた。

「今何時ですか?!」
「今何時になってる?!」

同じ事を聞くものだから少し面白いが、笑うに笑えなかった。
なのでヴィオンが時計を取り出し、代表しと答えを出した。

「……午後、六時五十分」

しばしの沈黙。

「あと、十分!」
「間に合わなきゃお母様のお仕置きが!」

と、嘆く前に早く帰れ、と声を掛けたかったが、もうどうにも間に合いそうにない。

今は峠の中腹にいるのだ。
降りるのに五分だったとしても、城までは峠から二十分。
そもそも無理だ。

それを分かっているのだろう双子の王女は、すでに如何にしてバレずに部屋へ帰るかに頭を切り替えていた。
良くも悪くも切り替えの早い娘である。


仕方ない、とジークがため息を吐いたのでヴィオンもそちらを見ると、同じ考えに至ったようだ。

前述のここから城までの時間は女性、しかも徒歩での時間だ。
男性であり、しかも脚を持つ二人ならば、ギリギリ間に合うぐらいにはなる。

そう思った二人は、それぞれ王女を前触れなく担いだ。

「王女殿下。どうか暴れないでくれ」

「暴れるなと言われても無理だわ!放して下さい!」

「ジークも放してよ!私達はお母様の謀略をくぐり抜けなきゃならないのー!」

どんな母上だ。
レンジェクト王国王妃は娘に厳しいらしい。

「まぁルティ、落ち着けって。こんな時間になったのは俺らのせいでもある」

「ちゃんと時間内に送り届けるから心配するな。分かったか?アリア?」

いまいち信用度は低かったが、二人はそれでも良かった。
どうせ間に合わない。この際ちょっと遅れようが構うまい、と半ばヤケクソになっているのは言うまでもない。

「ヴィオン!間に合うか?!」

「大丈夫だろ!」

時計を確認しながら彼が飛び乗ったのは馬だった。
傍らではジークもそうだった。

飼育された馬しか乗らない二人は、当然ながら荒々しい彼らの馬に畏縮している。
だが、ふと風の精霊力を感じ取ると、それもいくらか和らいだ。

「風の精霊力?」

「そう。だからかなりの駿馬だ。本気出せばここから城まで約五分」

そう言って先に駆けたジーク達を追って、ヴィオンも手綱を引いた。

「鞍と鬣にしがみついてろ」

言われて手を伸ばしたが、目の前で上下する首は予想以上に怖い。
思ったほど揺れは少なく、細心の注意を払って揺らさないように努めてくれているようだが、やはり怖い。

見かねたヴィオンが頭上から笑った。

「怖けりゃ俺に捕まってもいいよ。嫌だって言うならまぁ落ちるかな」

と笑うが、アリアスには何故そんなに話せるのかも不思議でならない。
少し口を開けば舌を噛みそうだ。

おとなしく体を捻って、彼女はヴィオンに捕まっている事にした。




「凄い!速いね!」

アリアスとヴィオンより前を走る二人は、速駆けか競争でもしている気分だった。

はしゃぐルディアに気を良くしたジークが無駄に速めるのも原因だった。

街道でも馬の通行は許されているが、こうも速い通行はそうないだろう。
ちなみに速度制限は指定されていない。

「お前、慣れてるな」

ジークが感嘆して言えば、ルディアからはやや張り上げ気味に返答があった。

「私も馬好きだもの。アリアよりも私の方がよく乗るのよ?」

「だろうなぁ。姉姫殿は部屋で読書してそうだ」

「あははっ。当たりー!」

二人とも後方に負けないぐらい速く走っているのだが、それにしてもこの余裕は相当慣れているのだろう。

純粋に速さを楽しむルディアを見ていると、やはり速度を上げてしまうジークだった。




やはり城門の辺りに着いたのは四分ほどのちだった。

ジークが速度を上げまくった為、予想よりも早かった。


アリアスとルディアはそれぞれ馬から降ろしてもらうと、身なりを整え出した。

ルディアは興奮から、アリアスは恐怖からやや息が乱れていたが、ある程度収まると、馬の首を撫でた。

アリアスも馬に乗らないとか嫌いと言うわけではない。
経験がルディアよりも少なかっただけの事だ。

ルディアなどは見るからに動物好きが窺えるし、実際たのしそうだった。


「ほら、二人とも。時間無くなるぞ。俺らの努力を無駄にするなよ」

ジークが保護者よろしく声を掛けると、似たような動作で城門に駆け寄って行った。


一度くるりと後ろを向いた二人は周囲をはばかって小さめに叫んだ。

「ジーク!ヴィオン!また明日!」

「不本意ですが、また明日に!送って下さってありがとう!」


これはかわいい姫君達だ。
そう感じて知らず緩んだ頬をそのままに、二人は手を振り返した。






再び出会った四人の人間

抱く思いに身を重ね

かくして思いを胸に精霊は儚き夜を歌う


平穏に遊びし時終われば、後は闘いと軋轢の兆し
凶兆たるは狂気の炎


果たして世界は生きるか否か


精霊史 第一章 第五節
「一時の安息」」

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あきゅろす。
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