精霊輪舞〜姫君見聞録〜
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『……っ!』
中腹の広場にある小さな小屋には、ジークの相方ヴィオンと、成り行き上、共にいるアリアスがいた。
「キル?どうした?」
白髪の青年ヴィオンの契約精霊が、突然小さく呻いた。
ピリピリとした緊張感に包まれた室内が、また違ったものに変わる。
『……まずいな』
契約精霊である雷精霊キルフェヴォルトは、ヴィオンの問いには答えない。
ただ左胸に手を当て、秀麗な眉を顰めた。
「雷精霊王はどうしたのかしら?」
アリアスも傍らの契約精霊、海精霊の王セイレーンに向けて、小さく疑問を放った。
『多分、精霊力に一時的な封印がかかってるのだと思うわ』
彼女の相反属性である雷精霊の王キルフェヴォルトには、確かな異変が起きていた。
苦しげに顰められた柳眉、それから切れた息が常と違う様子であるのは一目瞭然だ。
数回の息切れを繰り返したあと、雷精霊王キルフェヴォルトは自らの契約者にようやく答えを返した。
『……かなり強い地精霊の力だ。一時的だろうが、我の精霊力が封じられている』
苦しそうな呼吸を繰り返しながら、しかし先ほどよりはかなりマシな様子だ。
乱れた紫の髪の間から、少し憔悴したような瞳が見えた。
「地精霊の力を駆使する者がいるのか……?」
ヴィオンは顎に手を当て、思案する様を取った。
もとの端正な顔立ちが少々翳り、少なくともキルフェヴォルトの体調の心配をしているのは間違いなさそうだ。
『アリアス』
やがてセイレーンは、かなり小声でアリアスに語りかける。
非常に小さなそれだったが、周囲も静かだったので少し耳を済ませれば簡単だった。
『すぐ近くに、ルディア嬢の気配があるわ。』
「ルディアが……!?」
耳打ちで囁かれた言葉に、アリアスは目を見張った。
一度別れてから、城下に降りたと思っていたが、近くにいて、しかもここまで他の精霊種の力を扱っているとは。
「て事は十中八九、この地精霊力はルディアが使ってるのね」
『おそらくは……』
雷精霊王キルフェヴォルトは、仮にも一精霊種の王だ。
その辺の雷精霊とは比べ物にならないほどに強い。
その力を封じるほどの精霊力ともなれば、かなりの消耗が予想される。
尚且つ、これだけの力を駆使するならば、普通の《言葉》では上手くいかない筈だ。
結論から言えば、ルディアは《神言葉》で精霊力を行使している。大量の消耗も承知で。
『地精霊の他にも、緑精霊の力も感じるわ。スィリの力も合わせて、一人で三つの力を駆使してる。倒れるのも時間の問題よ』
セイレーンが残酷に告げた。彼女の声色も、やはり硬い。
次第に声量が増しているのも気づかない。
「なるほど。キルの力の封印は君の妹君の仕業か」
いつから聞いていたのか、ヴィオンがいつの間にかこちらを見ていた。
憔悴したキルフェヴォルトは、回復の為か姿を消していた。
「なかなかやるな。相当の契約士だ」
無表情のまま、そんなことを言った。
読みにくい微笑も湛えておらず、それこそ本心が全く読めなかった。
「とりあえず、フィティーナ王女。俺と共に来てもらおうか。君が人質だ」
やはり、契約精霊の力を封じられたのには、多少なりとも怒りを感じているらしかった。
さしものアリアスも、無表情に思われた彼の顔が微かに歪んだ時はどうしようもなく、彼に従った。
『成功してるわ。ルディア』
スィリーセイは二つ同時の精霊力を行使するルディアを、変わらず心配そうに見やった。
緑精霊の力でジークは捕らえられ、地精霊の力で雷精霊の力を封じた。残る仕掛けは後一つだ。
アリアスを救い出す力は、自身の契約精霊スィリーセイの力だ。
今までよりはずっと楽に行使出来るが、使い方が本来の用途ではないため、やはり負担は大きい。
ルディアは、最後の《神言葉》を口に出そうとした。
『待って!ルディア!』
突然、スィリーセイが制止の声を飛ばした。
迸りかけた水精霊の力を、彼女が全力で押し留める。
半分ほど暴走しかけた力が、呆気なく掻き消えた。
「!?アリアス!」
小屋から出てきたアリアスを認めて、ルディアは全霊を注いでいた精霊力の維持を解いた。
「ルディア!」
あちらも気づいたようだ。
彼女の隣にはヴィオンがいたが、再会の喜びを邪魔する気はないらしい。
彼は茨でグルグル巻きにされたジークを見つけて、呆れたようにその相方を眺めていた。
「眺めてねぇで助けろ!」
「なかなか良い様じゃないか。どうしてそんな事になった」
「ざけんな。……ただ単に負けたんだよ。避け続いたけど、あっちの精神力の方が保ったんだ」
「強いな……」
ジークはヴィオンによって助け出され、精神力の維持を無くした茨は簡単に切れた。
同時に緑精霊の力も、あるべき場所へ戻る気配があった。
そうしている間にもアリアスが駆け出し、同時にルディアも駆け出そうとしていたが、それこそ呆気なく、彼女の体は傾いだ。
『ルディア!!』
いくつかの声が重なった。
やはり、彼女の体は限界を越えていた。
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