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Don't go back 6
それからの日々は、案外退屈に過ぎた。
シャープールが此処を訪れるのは週に一度か二度。それ以外は、給仕係の持ってくる食事を食べ、シャープールが気まぐれに渡してきた本を読むことを繰り返した。
しかし、当然のことながら、ここの本は、俺たちの国とは言語が違う。シャープールもホメリという部下以外とは、俺にはわからない言葉で喋っていた。
そのことに、俺はどうしてか、痛みを覚える。
いつしか、手首の手枷も無くなった。
俺はもう、あいつにとっていらないのかもしれない。そんなことも、思う。
「シャープール」
奴が訪れた日は、大抵セックスをするけれど、それは夜の話で、それまでの時間は奴も俺も本を読んだり、食事をとったり、稀にだが他愛もない話だってする。
「何だ?」
「これ、何て意味?」
俺は、さっきまで読んでいたこの国の童話集の一節を指で示す。
「あぁ、これは固有名詞だ。川の名前だよ」
「そうか」
「他にも分からないことがあれば聞け」
「ん」
どうして奴と、こんなに穏やかな時間を過ごしているのだろう。そう自問自答することが無いではないけど、でも、この時間の心地よさが、俺の思考を奪う。
「なぁ、シャープール」
「ん、どうした」
「俺に、お前たちの言語を教えろ」
「どうしてだ」
急に、奴の視線が険しくなった気がした。
「だって、お前の会話がわからない」
「どうしてだ?私はお前の言葉で話しているだろう」
「たまにお前を部下が呼びに来るだろ。そのときはお前たちの国の言葉じゃないか!」
「私たちの国の言葉を覚えてどうする?色仕掛けでも使って逃走するつもりか?」
シャープールの嘲るような言葉に、頭の中で何かがぷっつんと切れた。
「馬鹿野郎!!俺はもう一生ここにいるんだろう!!それなら、ここの言葉覚えたいんだよ!お前の言葉を知りたいんだよ!」
がむしゃらで自分でもなにを言っているか、よくわからなかったが、シャープールには伝わったらしい。
そして、奴は何故か顔を少し朱に染めた。
「...わかった。では、これからは私が来た日の夜になるまでは教えてやる」
「最初からそういえよ!!...でもありがとう」
俺はこれからの奴と二人での練習に、少し心を踊らせた。どうしてそんな感情になったかは、理解できないままだったが。
「ヴァレリアヌス!何度言えば発音が治るんだ!」
本日三回目の、シャープール爆弾が爆発した。
それにしたって仕方ない。奴の国の発音は、俺の国に無いものがあって、そんなの理解なんてできない。
しかし、言い訳をすると三倍でかえってくるから、大人しくしておく。
「はぁ、仕方ないな」
奴は大仰にわざとらしくため息をつくと、俺の顎を持つ。
そしてそのままキスをしてきた。
「んっんん!!」
「舌の動きを覚えろ。いいか、お前の動きはこうだ」
そう言って、奴の舌が俺の口の中で動く。
「でも、実際はこうだ」
また、奴の舌が俺の口内を蹂躙する。
そして、重ねられた唇は銀色の糸をつくって離れた。
「まぁ、あそこの発音さえ出来れば、普段の会話なら困らないだろう。がんばれ」
奴の俺よりでかい手が頭をなで、髪をすく。
それを俺は、幸せだと思う。
混乱した帝国で、命を狙われながら過ごし、捕虜に取られたって取りかえそうとしてくれない名ばかりの部下たちと生活するより、よっぽど心地よい。
それを素直には伝えられないから、奴の唇をそっと塞ぐ。
奴みたいに巧みなやつは出来ないから、感謝を伝えるように、そっと。
そしたら、奴はにやりを笑って俺を引き寄せる。
「誘っているのか?」
「ん」
そのあと俺たちは、夜が更けるまで互いを離さなかった。
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