short 夜の帳を共に 夜更けの事務所内。 既に照明を落とし、室内は窓越しに注ぐ外の建物からの明かりのみで仄暗く、時折窓の向こうから車の音が聞こえてくる程度で静かであった。 事務所に泊まり込みとなったヤコは今、ソファに横になっている。我が輩はといえば、その真上の天井に寝そべっている。 別にそのようなことをする必要などないのだが…… 先日のとある日に気紛れに床を蹴って天井に…三年ぶりにヤコの真上に横になったところ、ヤコが、 『懐かしい!』 などと目を輝かせたので、最近は何となくそのように過ごす夜が続いているというだけの話だ。 横になってはいるが、眠っていないヤコは、微かな明るさを頼りに我が輩を見上げている。何を考えているのやら…我が輩は狸寝入りを決め込み、知らぬふりをしているが。 暫くして、 「ねぇ、ネウロ……寝ちゃった?」 宵闇の静けさを破るのを憚るような囁き声で、ヤコは我が輩を呼んだ。 「…………いや」 我が輩も呟くように小さな声で返答すると、 「あっちから戻ってきて…今は弱体化もしてないっぽい元気なあんたなのに、やっぱり少しは眠らないとなの?」 などと、今更のようなことを問うてきた。 「何を言う。我が輩とて生物なのだ。睡眠は“三大欲求”の一つではないか。全く眠らないなどと言った覚えはないぞ」 「そうだったっけ?」 「それは勿論、三年前ほどには眠る必要性は薄れたが、今でもやはり睡眠は要る」 「ふぅん……」 本当に今更過ぎる、我が身に関する蘊蓄だ。 「それに、そのような時間を設ければ、ヤコ……貴様の間抜けな寝込みヅラを拝めて楽しめるしな」 「むむっ」 ヤコはこちらを見上げたまま、妙な表情を浮かべた。 ―また、そういうこと言って……― とでも言いたげな目をしている。 「……そういえば、“寝る”は二つの意味を持っているな」 「二つ?もっとなくない?」 ヤコのすっとぼけた言葉に我が輩は苦笑し、 「……わざと言っているのか?」 天井から背を離して音を立てずにヤコが横たわるソファの側に降り立った。 「……わざとって?」 肘をついて半身を起こしたヤコが問う。 「『ヤコと』という場合…意義で、“寝る”は二つの意味を表しているということだ」 「…………」 「三大欲求のもう一つでもあるな」 「…………」 ヤコは今度は完全に起き上がり、足を床に着きソファに座った。体を覆っていたタオルケットを手繰り寄せて膝に掛け直す。その顔といえば、薄暗くてもはっきりとわかるくらいに、赤らんでいる。 我が輩が隣に座れるように座り直す健気な所作に我が輩は満足し、隣にどかりと座り込んだ。 「ヤコ」 呼びかけながら、顎をつまんでこちらに向かせる。 「……なぁに、ネウロ」 「我が輩と寝るか?」 「…………」 思えば…… ヤコとは長い付き合いではあるが、このように比較的直接的な言葉での誘いをかけるなど、滅多になかった…その筈だ。 我が輩の珍しい言葉…『誘い』が羞恥を誘うものか、ヤコは赤い顔を俯かせていたが…… 小さく小さく、 「うん……」 と、頷いた。 我が輩は再び満足し、顎を弄んでいた指を唇に這わせる………… 天井に向かい合って眠るのも勿論悪くはないが…やはり互いの体温を直に感じる程隙間なく密着する方が良い。 つい先程の応酬に関しては、ヤコの何気ない問いから思いもかけないタイミングで湧き上がった欲からだ。 もしかしたら…… ひどく遠回しにヤコは我が輩を誘っていたのかもしれないと思い及び、勝手にそうに違いないと確信し…… 結局ヤコを愛でずにおれなくなる甘く濃い夜となる…そういう意味では、概ねいつも通りともいえるのだった。 ※ ※ ※ ※ ※ 何かのクイズ番組での常套句『二つの意味を表す言葉です』を使いたくて それと、『寝る』という語句の意味の違いって面白いかもと思って出来たお話です 「寝た」というと、昔のドラマの『愛しているといってくれ』のワンシーンを思い出しますな タイトルがなかなか決まらず、更新することがなかなか出来ませんでした(笑) ここのところ年末にさしかかっているからか、なかなか文章を紡ぐことが難しくなってってますが、読んで下さってありがとうございます 20201214 <前へ><次へ> |