short
補完妄想《原作8巻より》
ヤコは、我が輩が銃で撃たれようがマシンガンで撃たれようが…手首を切り落とされてすらも平気であったことを知っている。
我が輩が攻撃を受けようが、意にも介さず返り討ちにしてきた場面を目にしてきてもいる。従って、ヤコは傷ついた我が輩を見て動じることなどない筈だ。
一方……
ヤコは外的要因で容易く負傷し、悪ければ死んでしまう。
普段ウジムシだのナメクジだの言ってはいるが、所詮ただのか弱い人間であることなど当然認識しているが故、我が輩はさりげなくヤコを護ってやっている。極力そうと見えぬよう、日常茶飯事の弄りいたぶる“お遊び”にカモフラージュさせて。ヤコがそれに気付いているかまでは知らんが……
我が輩の利害において、他の要因によるヤコの負傷…最悪では死…など、あってはならないからだ。
ジャケットにガラス片が刺さったまま、我が輩は盾代わりに壁に投げつけたソファの方に……ヤコの方に振り返った。
逆光で視界が覚束ないものか、ヤコは暫し目を眇めていたが、少しして目が慣れたようで、みるみる驚いたような怯えたような崩れた表情となる。
「……ネウロッ!」
悲鳴の如くの鋭い語気で我が輩の名を叫び、ヤコはソファを越えてこちらに来ようとしたが、辺り一面瓦礫やガラス片が飛び散っている。眼前に広がる凄惨さにヤコは怯み、我が輩の元に辿り着けずにいた。
我が輩はジャケットを払い、刺さっているガラス片を幾らか落としてからヤコの元に歩み寄る。
「……ネウロ……」
こちらを見上げるヤコはカタカタと歯を鳴らす程に震えていた。
「だい……じょうぶ……?」
震える声で問う。我が輩にはこの程度の負傷など然程のダメージでもないということを失念しているようだった。
「何ということはない」
ヤコを見下ろし言ってやる。
「…………
でも……ガラスの破片、が……」
漸く絞り出したかのような声はまだわなないていた。今にも泣きそうな表情。我が輩を案じているのは勿論であろうが……
唐突に襲ってきた過ぎた衝撃が落ち着く暇もなく、更に揺り返す恐怖におののいてのようだ。
人の面持ちなど慮らない我が輩が、それを理解し得たことに自分で密かに驚く……
声と同様に震える手をヤコは我が輩に向けて伸べる。そこここにまだ刺さったままの小さなガラス片を取り去るつもりのようだ。
「……痛くないの?」
「痛みの感覚が無いと言ったら嘘になるが、活動に響くほどの苦痛ではない」
「…………」
そこらに散っていた適当な紙を重ね、我が輩から抜き取ったガラス片を置いていくヤコ。
そのようなことをされずとも特に難などないのだが……存外に甲斐甲斐しい仕草が小気味良く、我が輩はしたいようにさせておく。
「……ッ」
不意にヤコが小さく呻き、苦悶の色を少々滲ませて俯いた。ガラス片で皮膚を切ったようだ。指の先に滴る血が見える。
「だいじょうぶだよ。これくらい……」
片目を眇めてヤコは言う。『大丈夫』とは、今の我が輩に比して…という意味なのだろうか……
―鈍臭いくせに、らしくないことをするから、いらん傷を追うのだ……―
そう言ってやろうとしたのだが、何故か声が出なかった。
それでも我が輩の体に…刺さるガラスの破片に手指を伸ばすヤコの様子に。ヤコの血の匂いに。
……我が輩の血と混じりあった、その匂いに……
我が輩は無意識に片膝を折って跪きヤコの手を取った。ヤコは戸惑ったか一瞬身体をびくつかせたが、一息ふた息の後には無言で同じ高さの目線をこちらに向けるのみだった。
掴んだ手…指先が血で濡れている。滴ったそれが…ヤコの手指を既に染めていた我が輩のそれと混ざった赤いものが、指を伝ってヤコの手を更に鮮やかに染めていく。
こちらも無言のまま、手を引き寄せ顔を寄せる。舌をのばし掌まで伝った血をほんの少し舐め取ってみた。
かすかな塩気に鉄錆びた風味の人間の…ヤコの血の味と、特段何も感じることのない我が血。
混じり合っただけにも関わらず…それはどうにも名状し難い匂い・味へと変異し、忌々しくも面妖で…我が輩の本能を揺さぶり魅了した。
ヤコを安堵させてやらねばと…平常に早く戻してやらねばという心持ちがないわけではない。
だが、我が輩は今……ただ浅ましい欲に動かされこうしている。
「………………」
無言のまま無心にヤコの手指を舐り血を舐め取ってゆく我が輩の行為に、ヤコは真っ赤な顔でひたすら耐え忍んでいる。我が輩が飽きるのを待っているのであろうが、その様子もまた好ましい。
ヤコの指を味わう舌は傷口のある指先に辿り着く。ヤコは少々顔をしかめたが……
我が輩が濃厚に触れたことで皮膚の細胞の活性を促しでもしたか、出血が止まったのに留まらず、傷もみるみる消え失せていく。意図してのことではなかった故に我が輩は密かに愕くが、ヤコの驚愕の方が勝っていたようだ。
手を離してやると、ヤコはすぐさま手を引っ込め、もう片方の手で握りしめ呆然としている。耳まで染まった赤い顔…その様は何とはなしに色めいていて……
我が輩は、そうと感じた自分自身を訝しみ、また愕くしかなかった…………
了
※ ※ ※ ※ ※
原作8巻の、ガラス片にザクザクされたネウロさんの体からガラス片を抜く弥子ちゃんていいなぁって、いつだか書いたメモを元にした妄想話です
(原作では大きいガラス片が3つ程度で、後は脚とかをかすめてたりのしか視認出来なかったけど、そこは、まぁ、あれだけの衝撃ですし、と……(笑))
しばらくメモのまま寝かせてたけど、血が混ざってどーたらって思い付いたら、不思議なくらい話が浮かんできました
やっぱり妄想って力があるなぁ(笑)
あと、これかく過程で原作を読み返してたら、ネウロさんは銃で撃たれた時は後からダメージの描写があったけど、今回かいた事務所クラッシュではその場で出血してたから、本当に少しずつだけど弱体化してるんだなーって再確認しました
何度読み返しても面白いなぁ『魔人探偵脳噛ネウロ』
読んで下さってありがとうございます
20201130
<前へ><次へ>
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!