short いつか叶う夢@ 「……本当にありがとうございました」 今回の依頼人の女性が、深々と頭を下げる。 事件を解決したことについて、私達は今、お礼を言われている。それそのものは、何度も何度も経験してきたこと。慣れたこと、なんだけど。 私は、その人と手を繋いだ小ちゃな女の子や、抱っこしている赤ちゃんから目が離せなくなってしまっていた………… 「はぁ……」 「何だヤコ。らしくなく悩みでも抱えているのか?それとも腹でも減っているのか?」 事務所への帰り道、思わず知らず漏れてしまったため息にネウロは敏感に反応した。 「そんなんじゃないよ」 否定すると、ネウロは私の顔を覗きこむ。 「ふむ…… 悩み故の溜息という感じではない…か。 そういえば先程、気味悪い程の笑みを矯めていたな」 私の表情を逐一観察してんのか。抜かりないな、と思った直後、 「……ということは、淫らな妄想でもしていたか?」 バカバカしいとしか思えないことをネウロは口にした。 「なんでそうなるかな!」 「そういう顔をしているからだ」 ため息が悩み事とかではないことはきっちり見抜いて愉快そうに笑う顔の憎たらしいこと。 「だから、そんなんじゃないって。 ……何かね、可愛い子供とか赤ちゃんを間近に見ちゃったから、つい…ね」 「何だ……結局淫らな妄想ではないか」 「だから違うって!」 「違わないぞヤコよ。 貴様もそのような存在を意識するようになったのだろう?」 「そ…じゃ、ないって……」 完全に否定できないのが悔しい。 よその子供を可愛いなーと思うこと… 私もこんな可愛い子供を抱ける未来が来るといいなーって思うことと、ネウロ曰く『淫らな妄想』は直結なんかしやしない。 だけど男の人ってそーゆー時、やっぱ『元と末』『原因と結果』って思考になっちゃうのかな…… 「そーじゃなくてね、小ちゃい子供や赤ちゃんてすごく可愛くて、ほんと天使なんだと思ってさ」 「天使とは神の使いではないか。人間ごときの子供がおこがましい」 「何言ってんの。赤ちゃんはみんな神様のものだっていうじゃない」 ついついムキになってしまうと、ネウロは、 「ふむ……」 と、アゴを撫でた。 「そういえば、子供が神の子というのは、昔の乳幼児の生存率の低さからきている…と、何かで目にしたな。 結局のところ、親視点での慰めの為の言葉らしいぞ。 ……まぁ勿論、諸説あるようだがな」 「……………… このデリカシー無しが」 私は、あまりの話の通じなさと、ネウロの言ったことにうっかり感じてしまった不快さを隠さずに口にして、歩みの向きを変える。 いつものように事務所に戻るつもりだったけど、本当に腹が立ってきて、家に帰ることにした。 ……けど。 すぐに、ぐいっと腕を掴まれる。 「…何処に行く貴様」 何だかちょっとだけ胸がチクッとして、私は顔を伏せてしまう。 「どこにって、帰るの。家に。 ……他にある?」 かろうじて言ったけど…ネウロは全然聞き入れてくれずに、私の腕を掴んだまま、早歩きで向かう。 ……もちろん、事務所に…… 「……何を不貞腐れている」 「…………」 トロイからネウロがソファに座った私に問いかけてくるけど… どうせネウロにはわからないんだからと答える気になんかなれない。 事務所内の沈黙と穏やかでない雰囲気に訳がわからず、あかねちゃんが心配そうに揺れている。 あぁ、何だかお腹が痛くなってきた。 だから、家に帰りたかったのに…… しばらくの沈黙の後、短いため息が聞こえたと思ったら、 「……貴様のような頑固者の子でも『天使』そして『神の子』…か」 唐突に、ネウロがそんなことを言った。 見たら、ネウロは頬杖をついてそっぽを向いている。 意味がわからないながら、 「………… そんなら、あんたの子供は『魔人の子』だから、神とか天使どころじゃないんだね。 生命力だけはバカみたいにありそう」 と、思ったままを返す。 ネウロはこっちを見ないまま、 「貴様の子ならば神の子で天使なのだろう?」 ぼそりと呟く。 「あんたの子のこと言ってるんだけど」 ほんとに話が通じないやりとりだなと思ってたけど…… 「……貴様の子の話でもあるだろうが」 「!!」 イライラしたように聞こえなくもない口調で言い捨てるように言われて、私は心臓をぎゅっと掴まれた心地になってしまった。 それまで、まるでわからなかったネウロの言ってることの意味…その真意を把握した途端に、ネウロの気持ちをひしひしと感じられて、とっさに顔を伏せてしまう。 ……そりゃ私も、お年頃の常として、自分の子供の想像…妄想を、それなりにするけれど。 仮にも好きな人がいる女の子なんだから、ある意味当然のことで…自然とそれはネウロとの間の子供……と、なるわけだけど。 だけどそれは、あくまでもどこまでも漠然とした想い…そう、妄想でしかないわけで…… ネウロが…ネウロもそう思ってるだなんて、あたしは、ほんの少しも思っていなかった。 ネウロは立ち上がって、言葉が出ない私の所にゆっくりと歩み寄ってきた。 とてもじゃないけど顔を上げられない。 「……僕は遺憾でなりません。先生」 「…………」 出たよ。 ネウロ的に言いにくいことがある時の助手口調………… 「遺憾って、何がよ」 「何がなどと言われるのも心外」 「いや、ほんとわかんないから」 「……先生は、将来ご自身がお産みになる子の父が僕でないなどと、ほんの少しでもお考えになったことがあるとでも?」 「!!」 隣に座って、あたしの肩に手をのばして抱き寄せて。そうして耳に注ぎ込むように囁きかける言葉に…だけど忌々しそうな顔を隠さない様子に……あたしは返事が出来ない。 「僕はそのようなこと、ほんの一刹那すらも考えたことありませんが」 「…………」 「先生以外に誰が僕の子を産んで下さるというのです。 今更……先生が僕以外の者と子を生す…」 そう口にしたネウロは、いったん言葉を途切らせて、再び心底忌々しそうに顔をしかめた。 ―自分の言葉にすら嫌悪感抱く程の独占欲てすごいなぁ……― ……なんて、つい他人事のように思ってしまう。 「……それ以前に、他の者の元にゆくなど断じて許す筈がないでしょうに」 「…………」 うん…… 絶対に許しそうにないね。 「誰が先生を手離すものですか」 「…………」 ―……うん……― 頬に頬をすり寄せながら、何かに浮かされたようなよそゆきの口振りのあたしの『助手』に…… あたしは返す言葉を失ったまま。 だけど、あたしも…… 今更他の人の傍で生きるなんて、とてもじゃないけど考えられやしない、考えたことすらなかった、のに…… 何だかものすごく恥ずかしくなってきて、 「……あんたの子はきっと、悪魔のように小憎らしいか、逆に天使そのもののように可愛いかの両極端だよ。 何にしても、食欲だけはハンパなさそうな感じだね……」 かろうじて、そう言ってみるものの。 「そうであろう」 ネウロは一転してご機嫌な感じの口振りになった。 いつの間にか壁の中に引きこもってたあかねちやんだったけど、今はホッとしたように出てきていた。 ハラハラさせちゃってゴメンね、あかねちゃん…… <前へ><次へ> |