警報を止めて(こへ滝)
※室町
最近この人といると自分らしくいられない。なんだか喉の奥が乾いて締め付けられるし、胸もざわつく。
この気持ちに名前を付けてしまったらいけない。
認めてしまったら、この優秀な私の素顔を暴かれてしまいそうで怖いのだ。
だから
2人きりになりたくなかったのに…
「ん、どうした滝?私の顔に何かついてるか?」
「…いえ、まあ、強いていうなら泥が額についてますが」
「ああ本当だ、きっとさっきの塹壕掘りでついたものだろうな」
そうやって無作法に忍び装束で泥を拭う姿は全然美しくないはずなのに、一度そちらに目を向けてしまえば目を逸らすことができない。
ああ、また息が詰まってしまう。早く早くこの場所から立ち去らなくては。
「七松先輩」
「ん、なんだ」
「明日の委員会の詰めは以上でよろしいでしょうか」
「ああ、いいぞ。助かったよ、滝。」
「いえ…」
では、と急いた気持ちで立ち上がるとぐっと腕を引っ張られた。強い力ではなかったけれど、私のバランスを崩すのには十分だった。
どすっと軽く尻餅をついてしまった。この優秀な滝夜叉丸が尻餅をつくなんて…そんな羞恥心から顔が熱くなる。決して、先輩に腕を掴まれたからなどではない。
「…なんですか…まだ用があるならきちんと口で…」
溜め息混じりに顔を向けると、先輩と目があった。
あ…しまった…
もうその空間からは逃げられなかった。私の頬に手が伸びてきて、その大きい掌に包まれた。もう、やめてほしい。心臓の音が五月蝿くて、目眩がする。掴まれていない手にぎゅっと力を込めて、かすれた声を発した。
「あの、せんぱ…」
すると親指ですっと頬を撫でられた。
「滝、お前にも泥ついていたぞ。似合わないな」
泥…
たかがそんなものの為に私の手を引き、頬を撫でたのか。状況を理解した今もまだ静まることのない胸の音に苛立ちを覚える。
「あの、七松先輩。失礼ながら忠告をします。」
「お、何だ?」
「今、私にした一連の動作は他の方にはしない方がいいかと思います。」
「なぜ」
「…いろいろと誤解を招きますので…」
…ふと我に返り、言葉が詰まった。私の今の発言は、彼の行動を深読みしたと言ってるようなものではないか…?
かああ、と一気に顔に熱が集まった。先輩に追求される前に此処から立ち去ろう。そう思った時
「でも、俺はお前にしかする気はないんだけど」
その言葉に導かれ、顔をあげた。
ああ、しまった―
また目が捕らわれた。
「…それなら…」
「うん」
「…大丈夫かと…思います…」
「そうか。良かった」
そう言って、にっと笑う先輩の顔を見て
また少し目眩がする。鳴り止むことのない胸の音が頭に警報を鳴らすのに、彼の侵入を止める術は今の私には見つからない。
警報を止めて
始めてのこへ滝でした
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