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人間の法則(こへ久々)


今の仕事は希望して入った職場だ。俺の部署は企画を主に担当する。その中で俺はいろんな仕事をこなす。企画の為の資料集めや、プレゼンの資料づくり、コストの管理。誰が何を、と特に決まっている訳ではない俺の部署はその時の持ち合わせの仕事量を見て立候補したり、部長が指名をしていた。

俺の部長は七松さんといい、大雑把さでは社内一と有名なほどの豪快な男性だ。内実、俺はこの人の本当の性格を掴めていない。
後輩をすごく可愛がる人ではあるが、俺にはどことなく厳しい。かと思えば一緒にご飯に行こうと誘ってくれる時もある。仕事も俺たちに全て投げて責任感がないな、と思う時もあれば。誰がのミスを笑って前向きな言葉かけをしてくれることもある。
とにかく七松さんはいくつかの顔を持っているように思う。だから今日は、今はどの顔なのか探り探り話すことになる。そして予想は大抵外れ、ああ、今日はこの顔か。と少し面食らうのが常なのだ。


「なんだ、これは。ゴミか?」

今日の七松さんはいつも以上凄みがあった。ただでさえ厳つい顔だ。ただ無表情でこちらを見つめるだけで、刺されているような感覚に陥る。

「すみません、やりなおしてきます。」
「いや、いい。これは別のものにやらせる。」
「すみません!今日中に作り直します!」

そう言って頭をさげた。よく分からない人ではあるが、道理ではないことは言わない人だ。どこかに不備があったのだろう。悔しい。心の中で舌打ちをした。

「お前別件の企画書も今作ってるだろう。今からこの直しで、それが終わるか?」
「はい。別件のは7割形完成しているので大丈夫です。」
「私がみなに朝頼んだB社との打ち合わせの資料は?」
「出来上がりました」
「…お前がやったのか?」
「は、はい。そうですが?」

恐る恐る顔をあげると、そこには見たことない七松さんの新しい顔があった。ひどく、悲しそうな顔だ。

「わかった。お前に任せる」
「ありがとうございます!」




夜の9時を回った。あれだけ七松さんに頼んでやらせてもらった仕事がまだあがらない。自分の力のなさに悔しさがこみ上げる。もう社内に残っているものは誰もいない。静けさが増す社内で俺は足りない頭をひねった。

するとふと、あの時の七松さんの悲しそうな顔が頭を過った。何が七松さんをあんな顔にさせたのだろう。本当に分からない人だ。朝の段階では邪魔になるほど執拗に俺に絡んできたというのに。


「久々知」

突然背後から声をかけられた。そして、その声の主が今まさに考えていた人だったから驚かずにはいられなかった。


「七松さん」
「仕事、終わったか?」
「すみません。まだです」
「そうか!」

そう言って豪快にかかか、と笑う様子はよく見る七松さんお得意の顔だった。そして俺の好きなコーヒーをん、と手渡し隣の席にどかりと座った。この座り方のせいでうちの椅子のネジはいつも緩い。


「久々知、お前は何故この仕事を担当することになった?」
「手の空いてる社員が他にいなかったからです。」
「ほう、あの別件は?」
「それもまた同じです」
「朝頼んだ資料は?」
「私がつくるのがはやいから、とみんなが」
「なるほど」


七松さんはそうか、そうか、と一人で納得し腕を、組んだ。それから急にこちらん見て全力でデコピンをされた。余談ではあるが七松さんのデコピンは次の日も腫れるほどの強意だ。


「……ったああーーー!!!何するんですか!?」

痛さで目に熱がこもる。本当洒落にならない痛さだ。

「お前はっとにバッカだなあ。バカすぎるからついデコピンしてしまった。悪いな」

ちっとも悪いと思ってる様子もないようにまた豪快に笑った。何がそんなに楽しいんだ、この人は。

「久々知、いいことを教えてやる」
「はい?」

何を言うのだ、と思ったが七松さんの目は真剣だった。

「人に頼らん奴は仲間になれないぞ。人はな、持ちつ持たれつ、だ。人を助けて、助けられて、その繰り返しで人は出来ている。」

「なのにお前はどうだ。人を助けることに必死で、人に助けてって言えない。そんなんじゃ周りはお前は一人で大丈夫、って思ってしまうぞ。本当はいっぱいいっぱいだっていうのに」

「助けて、って言えばいい。お前を助けたい奴はたくさんいるはずだ、きっと。」

「…はは、泣くな」


七松さんはそう言われ、初めて自分が涙していると気付いた。そうなのだ、自分はもういっぱいいっぱいだったんだ。誰かに助けて欲しかったし、でも言うこともできなくて一人で必死に頑張って。
そんな俺の気持ち分かってくれてる人なんていないと思ってたのに。なんでここまで俺の気持ちを、理解してくれるんだろう。そんな優しい言葉は今の俺には少しまぶし過ぎた。


「…ななまつさん」
「ん、何だ」
「…たすけて、ください」

そう言えばあの豪快な顔で俺の頭をぐしゃぐしゃっと撫でて、

「当たり前だろ!」

と言って笑った。


次の日から俺は同僚に少しずつ、仕事を頼むようになった。相手は少し驚いた顔をしたが、

「いいよ、わかった!」

と心なしか喜んでいるようにも思えた。何だかすごく簡単なことを今まで知らなかったのだな、と思った。

「久々知、ちょっと来い」
「はいっ!」

けれど七松さんの正体は未だに分からない。ただ、ひとつ言えるのは、俺も七松さんを助けたい。それが人間の持ちつ持たれつの法則なのだそうだから。

法則を手に入れた俺の周りの世界はワントーン、明るさを増した。

人間の法則


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組み合わせ企画でこへ久々でした。初めての組み合わせで楽しくかけました。七松先輩が予想以上にできる人になってしまいました!でも七松先輩はかっこいいよ!きっと!素敵組み合わせを投票してくださった方ありがとうございました!!






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あきゅろす。
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