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朝と別れ(池くく)


※現パロ



俺の起床は普通の高校生に比べてわりと早い。朝起きたらポストから新聞を取り、リビングの机の上に置く。一通り自分の身支度を済ませた後、朝ごはんの支度だ。大抵昨晩の残り物と味噌汁だ。整ったら先輩を起こしに行く。寝起きが悪いから要注意だ。

ドアを開ければいつもは頭まで毛布を被って健やかな寝息をたてているはずの先輩の姿はなかった。
それならば、と寝室を出て書斎へ足を向ける。書斎のドアをゆっくりと開ければ、ペンをにぎったまま机に向かい、うなだれている先輩を見つけた。
今日は寝ていないようだ。

「先輩?おはようございます」
「…ああ、三郎次か。もう朝なのか?」
「7時になりましたよ」

そうか、と言って顔を覆いながらあーとかうーとか唸りながらようやく立ち上がる。リビングで朝食をとるためだ。どんなに仕事が忙しくても朝ごはんは2人一緒に食べる。それが先輩の決めたルールだ。別に無理しなくていいですよ、と何度も言ったのだが、俺がそうしたいんだ。の一点張り。
先輩の仕事は不規則だ。急に仕事が入り今日のように書斎に引きこもり寝れない日が何日も続くこともあれば、スーツをビシッと決めて朝早くから出かけ、深夜に帰宅することもある。
それだから、俺みたいに朝早くから活動する人間と朝ごはんを食べることは睡眠時間を削ることになる。
でも先輩は頑固だから、俺が何と言っても聞かなかった。

「さ、朝ごはん食べに行くぞ」

そう言いながら自分と対して大きさの変わらない手で、頭をくしゃくしゃとする。スタイリングも、台無しだ。


食べながら先輩はいつも俺のことを聞いてくる。最近部活はどうだ、とか。勉強はどうか、とか。左近達とは仲良くやってるのか、とか。今日もいつものようにそんなことばかり聞くもんだからつい「先輩、オヤジくさいです」と言ってしまった。
少し間をあけた後、一緒に声を出して笑った。先輩は「だよなあ」言って顔をくしゃくしゃにしていた。嬉しそうだった。


その顔をみると胸がぐ、と押された心地がして幸せな気持ちでいっぱいになる。朝のこのひと時が俺はいっとう幸せな時間だって噛みしめるんだ。それは先輩も同じだろうか、そうだったらいいなと思う。

箸を進めながら先輩は独り言のように呟いた。

「三郎次はかっこいいからな。たいそうモテるんだろうな」

だから、そういう言葉がオヤジくさいって言ってるのに聞いてなかったのだろうか、この人は。

「モテませんよ。別に」
「うそ」
「その言葉そのままそっくり先輩に返しますよ。それだけモテるのに何で彼女いないんですか」
「俺、モテるないけど?」
「気付いてないだけです。先輩の場合」
「そんなことないと思うぞ?俺結構取っ付きにくくて面倒な奴らしいから」
「まあ、変わってることに対しては否定はしませんけど」
「変わってるとは言ってないだろ」
「…」
「…」

少しの沈黙の後、また二人して一緒に笑った。本当にただ先輩と後輩の関係だけであった以前に比べて二人の空気、というものが徐々に出来上がったと感じている。

「三郎次も言うようになったなあ、意地悪するのは後輩だけかと思っていたのに」
「タカ丸さんには前からしてましたけど」
「あの人は、うん。まあ、特別だよな…」

そう言ってまた一緒に笑って、何が楽しいんだか、くだらない話がただただ楽しい、と感じるのだ。

笑い声が途切れた。少し間をあけて先輩が独り言のように呟いた。

「春なんか来なければいいのにな」

春、という言葉が暗示するのは俺がこの家から出て行く。ということだ。
それは以前からの決定事項で、春から通う大学の近くの寮に既に入寮が決まっている。これは変えることのできない事実だ。俺だってこの暮らしをずっと続けていたい。だけれど、先輩に迷惑(先輩は迷惑なんかじゃない、って絶対言うと思うけど)をかけたくなかった。
そして、この家から出て、家主と居候という肩書きを捨てて、対等な関係になりたかったんだ。

でも哀しさだけは消えない。自分で決めておいてお門違いかもしれないが。


「ずっと、ずっと、お前がこの家に居てくれればいいのにな」

「お前の味噌汁、すごい上手になったよな。初めはダシをいれることすら知らなかったのに」

「あとハンバーグだけはやたら上手いよな」

「俺が徹夜してるといつも珈琲いれてくれたな。苦いやつ」

ぽつりぽつり、と零す先輩の言葉が涙の雫のように心にじわりと沁み渡る。俺も先輩も泣いてなんかいないはずなんだけど。

「そういうの、やめて下さい。泣いちゃいますよ」
「泣いてみたらいいよ。俺、お前が泣くとこだけは見たことないから」
「泣きませんよ、俺、感動映画とかでも絶対泣きませんもん」





ひとつの間、そして笑い声。示し合わせたようなタイミング。
どっちだよ、なんて言って先輩は腹を抱えて笑った。そういえば、先輩ってこんなに笑う人だったかな。

「…先輩、よく笑うようになりましたね。」
「分かるか?俺も今、そう思っていたんだ」

先輩は、俺は答えを知っているけと、そんな顏だった。案の定続くのはその答えだった。

「…これな、お前と住み始めてからなんだ。こんなに笑うようになったの。お前といるこの空間がいっとう好きみたいなんだ、俺。学生の頃は鉄仮面、なんて言われてたのに笑っちゃうよな」


すぐに先輩の顔を見ることは出来なかった。その言葉を頭で反芻させて、整理した。ぬか喜びは危険だ。この男、そういうことが無自覚で得意だから。

でも、どう解釈したって自分が喜ぶ解釈しか出来ないって諦めた。

ゆっくりと、渋々顏をあげる。そこにはどうだ、参ったか。とでも言いたそうなしたり顏。いちいち冗談の中にそういう言葉を含ませないでほしい。憎たらしいけど降参だ。この人は本当にずるい。俺は白旗をあげながら、込み上げる嬉しさを噛みしめるしか他になくなる。

先輩はゆっくりと立ち、俺の横まで来て頭をすっぽりと抱えた。こういうところもずるい男だと思う。

「泣くか?」
「だから泣きませんて」

涙は零れなくても哀しさは溢れんばかりの勢いで俺を攻撃する。でも選択に後悔はしていないんだ。

「鉄仮面先輩の笑顔が消えないように、遊びには来るんで」
「ああ」
「だから先輩、今は泣いてもいいですよ」
「泣かないよ」


すこしの間、ああ、もう次のパターンはお決まりだ。先輩の腕に包まれている分、声が篭ってしまったが、二人だけの朝に笑い声がいつまでもいつまでも響いた。





家を出ると、その日はいつもより少し暖かくて、春が近いと告げるような、そんな風が肌をするりとかすめていった。


春は、近い。




朝と別れ




0104
今年初めてのテキストは組み合わせ企画の池くくでした。大変遅くなってしまってすみません( ; ; )企画に参加してくださった方々、改めて感謝です。本当に、ありがとうございました!









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