不思議な来訪者
7
ガチャ。
「入れよ」
家までついてきた壮史だが、鍵を開けて俺が中に入ったのにも関わらず中に入らずドアの前に立ち尽くしていた。
俺が声をかけてやっとのことで壮史は中に入ってきた。
「……あり、がとう」ボソリ。
リビングのソファーに俺が腰を落ち着けたところで壮史が突然礼の言葉を呟いた。
「その礼が暫く泊めてやることに対する礼なら別に構わねーよ。臨時収入も入ったしな」
さっき武を簀巻きにして叔母ちゃんのもとに届けたら百万程貰った。
これで暫く困らねーだろ。
武は始め何やら騒いでいたが壮史が黙らせたので意外と楽にことが運んだ。
武のヤツあんな顔して実はボンボンだからな。
ほんと世の中の不条理ってやつだ。
「俺しか居ないから好きなだけ居ろよ」
と俺が言うと、壮史がコクリと一つ頷いた。
俺の家に住むからといって別に理由を詮索するつもりもない。
というか、興味がない。
俺にとって害にならないなら別に問題はない。まぁ、例え害になったとしてもその瞬間に排除するからいいか…
そこまで考えて、そう思ったことに俺自身が一番驚いた。
今までの俺なら素性の知らない怪しい人間を家におくなんて考えられない。
しかも、煩わしいのは大嫌いなのだ。
そんな俺が一時的とはいえ、面倒なことになってもいいか。と考えてしまう辺り今の俺は完全におかしい。
いや、おかしいのはこの目の前の男も同じか。
ソファーに腰掛けていた俺の前に突っ立って話を聞いていたかと思いきや、何故か、ソファーに座っている俺の前の床に座り込んだ。
テーブルを挟んだ向かいにもソファーがあるのにも関わらずだ。
そして下から見上げてくる。
思わず壮史を凝視してしまう。
これは俺にどうしろと?
未だかつて誰かにこんな不可解な行動を取られたことのない俺は理解に苦しんだ。
表情は顔を覆う髪で分からないが、何となく何かを期待されているような気がする…。
「言いたいことがあんなら言葉か態度で示せ。そんなんで分かるか。楽しようとしてんじゃねーよ」
俺は俺自身が考えることを放棄した。
ここに馬鹿(武)がいたら『お前こそ楽しようとしてんじゃねーかよ!!壮史さん!騙されないで下さいッ!!』などとのたまいそうだが、その武はいない。
ウザくなくて大変結構なことだ。
そもそも、何故俺がわざわざ他人の思いを推し量ってやらなければならんのだ。
「…ごめ、ん……嫌い…なる、ヤ…!」
いきなり壮史が俺の服の裾を掴んだ。
縋るような声を聞いて俺は驚いた。
…これはつまり、嫌いにならないでくれと言う懇願なのか…?
尻尾と耳が垂れている…。
確実に幻覚だと分かってはいるが。
何だこのこみ上げてくる罪悪感は…。
訳の分からん感情に困惑していると、壮史が更に衝撃的な言葉を続けた。
「お、れ、蛮、すき」
明確な意思を持って告げられたその言葉は俺に更なる困惑をしいた。
自慢じゃないが、人に好かれるような性格でも顔でもない。
男前で美形ではあるので(自慢にもならんが)女にはそこそこモテるが、長続きはしない。
目つきがすこぶる悪いことも自覚している。
目つきのせいで男にはよく絡まれる。
「蛮、すき、ッ…」
ちゅっ。
考え込んでいたら、突然、リップ音が響いた。
男からのキス。
あまりにも思いがけない出来事に反応できない俺をよそに、壮史のキスが雨のように降ってくる。
唇はかろうじて外してはいるが、瞼や鼻、口の端までもキスしてくる。
いつの間にか、俺の顔をしっかりとホールドしている壮史。
まともな思考が働いたのはあろうことか、壮史が俺の眼球を赤い舌で舐めやがったところでだった。
「おい、この馬鹿犬。死ね」
俺の黄金の右足が唸った。
見事に壮史の股間を捉えた俺の蹴りで馬鹿犬は悶絶しているが、俺の知ったことではない。
今ので飯を食う気も失せた。
俺はソファーから立ち上がると、倒れている壮史の横を通って自室に入り、内側から鍵を掛けた。
とりあえず、俺は寝る。
上半身だけ服を脱ぎ捨てるとあとはそのままに俺はベッドに入った。
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