今を謳え。
「やっぱり、医療忍術が使えるってめちゃくちゃ良いデスよね」
毛布にくるまったままカブト君に言うと、カブト君は「ああそうだね」と興味なさげに返事をした。
あの後、部屋に着いてからすぐに骨折の治療をした。治療をしたというか、簡潔にいえば自分で繋いだ。
医療忍術を練習はしていたものの、練習以外で使うのは初めてだった。その初めての対象が自分というのはちょっと怖かったけど、カブト君の「変な風に繋がったら、また折って僕が繋ぎ直してあげるよ」という雑極まりない(しかもカブト君ならやりかねない)励ましを受け、恐々やってみたのだ。
結果、捻ったような痛みは残ったものの、どうやら骨は綺麗に繋がったらしい。
「残念だよ。日頃のストレス解消も兼ねて、骨の1本くらい折ってやりたかったんだけどね」
「それは流石にひくわー」
「君が僕にストレスを与えなければ良いだけの話だよ。しかし君、ほんとにチャクラの使い方が大雑把だね」
カブト君が、折れていた部分を触診しながら言う。
持ち上げられると痛い程度だけど、やっぱり完全には治しきれていないらしい。
「骨は綺麗に繋がってるけど、筋がまだ多少切れたままだね。痛みは?」
「あ、そのへんちょっとズキズキしますね」
「……自分でやってみなよ」
カブト君に促され、もう一度治癒を試みてみる。
手先にチャクラを集めるまでは出来るけれど、細かい治療というのが中々難しい。例えるならば、ミトン手袋を嵌めたまま靴紐を結べと言われている感じだ。
「下手くそ」
「むむう……」
「まあ良いよ。むしろ予想通りだしね」
なんの予想通りなのか、カブト君はしっしっと私の手を払いのけると、自分の手にチャクラを集中させ始める。
それと同時に、滲むような痛みが引いていく。
「おおー、さすがカブト君!よっ世界一!出来るメガネ!」
「一言余計だ」
嫌がりはするものの、いつものような口撃や攻撃(主に脳天チョップ)が降ってこないあたり、まあまあ機嫌は良いらしい。
足はすっかり元通り。少しの痛みもないので、ついさっきまで骨が折れていたなんて嘘みたいに思える。
「しっかしホント、楽で助かりますね。暁なんて回復要員いませんでしたから、怪我したときはサソリさんのお薬で地道に治してましたもん」
「………………」
「どうしたんです、間抜けな顔して」
「君ほどじゃないと思うけど、そういえば君って暁に居たんだったね」
「一々嫌味挟まなきゃ喋れないんですか?……まあ、それはともかくそうですね。忘れてたんデスか?」
カブト君の表情から察するに、すっかり忘れていたらしい。
「成る程、暁には回復要員がいない、ね……」
「あれ?いま私重大なネタバレしちゃいました?」
でも、「暁に関する重要な情報」に関しては、リーダーの舌縛りの術が効いてるはずだ。口に出せたということは、バレても大したことないんだろう。そもそも回復云々とかいう戦い方をするような人たちじゃないし。
「それにしても、あのサソリが君に薬をね……君は向こうでも『お気に入り』だったのかい?」
「いえ、別に。サソリさんああ見えて面倒見良いデスよ?」
「ふうん。そんな印象は受けないけどね」
「印象って……まあ、いつもは表情とか分かんないから仕方な……」
ふと思い出した。そういえば、カブト君ってサソリさんの部下だったんだっけ。いやそこまでは覚えてたんだけど、思い至った。ということは、カブト君にべったり引っ付いていれば、サソリさんと接触する機会くらいあるんじゃないか?
「なるほどなるほど。よし分かったカブト君、親睦を深めましょう」
「は?」
「今まではあなたのこと誤解してました!これからは仲良くやりましょう!」
「きみ、色々と隠す気がなさ過ぎるよね」
何か企むならバレないように。とカブト君は標語みたいなノリで言って、私の頭から毛布をかぶせた。
まあ、そう簡単に行くわけはない。けど、そう簡単に諦めるつもりもない。
どんな些細な事でも良い。少しでも外の世界に、暁に繋がる事象があれば、そこから自由を手繰り寄せてやる。
「…………なんだか、目付きが変わったね」
「え?そうですか?何かアレ?修羅場を乗り越えて強くなった的な?」
「本質はまるで変わってないみたいだけど」
厄介事は起こさないでくれよ、と言うカブト君に、どうですかねえと笑ってみせる。
「何でも良いけど、今日1日くらいは大人しく寝てなよ。一応怪我人なんだし」
「あらカブト君やっさしー」
無造作に掛けられた毛布をすっぽりかぶりなおして、私はベッドに丸くなる。何だかんだ言って、カブト君は医療に携わる場面では真面目というか、まともな倫理観を発揮するみたいだ。
寝とくんだよ。と再度念押しし、カブト君は部屋を出て行く。
それと入れ替わりに、入ってきたのは香燐ちゃんだった。
「名前、重吾とやり合ったんだって?災難だったな」
「あはは、危うく死ぬとこでした」
「緊張感ねーのなお前」
香燐ちゃんが持ってきてくれたコップの水を、一息に飲み干す。
「今回は緊張感満載だったと思いますけど。マジで死ぬかと思いましたし」
「重吾とやり合えばそりゃあな。むしろよく死ななかったな」
「ああ、それは」
多分、大蛇丸さんの監視下にあったからだ。
意識は朦朧としていたが、あのときのカブト君の態度から察しはついた。
どうも大蛇丸さんは、私と重吾くんを意図的に戦わせたか、或いは戦闘になってもわざとギリギリまで介入せず、様子見をしていたらしい。
それで何がしたいのかは分からない。大蛇丸さんのことだから何か企んでいるのか、もしかしたらただの気まぐれという可能性もある。
「それはそうと名前、コイツがお前に会いたいってよ」
「こいつ?……あ!」
香燐ちゃんの背後から気まずそうに出てきたのは、水月くんだった。目が合うと「名前、無事だった?」なんていつもの調子で笑ったけれど、心なしか笑顔が引き攣っている。
「いやあ、別に後ろめたいとかそういうんじゃないんだけど、先に逃げちゃったし?悪かったかな〜なんて……」
怒ってる?と尋ねられ考える。
確かにすたこら逃げたことにはちょっと言及したいけれど、そもそも原作の時点で水月くんは重吾くんと交戦したくはなさそうだった。今はその原作の更に数年前。重吾くんは、水月くんにとって脅威そのものに違いない。無用な戦闘は避けたいというのが本音だろう。
「……別に、怒っちゃいませんよ」
「だいぶ考えたね」
「だいぶ考えた末です。まあ無事だったんだし、良いんじゃないデスか」
ほんとかなー?なんて首を傾げる水月くんに、本当に怒ってないんだよ。というのを示すために、その白い髪を撫でる。
「よしよし。ほーら名前お姉さん怒ってないデスよー」
「わっ」
嫌がるかなとも思ったけれど、存外水月くんは大人しく撫でられている。
「ていうか、名前って歳上だったんだ?」
「そうですよ?名前お姉さんとお呼び」
「それは嫌だけど……」
少し安心したように笑う水月くんは、それなりに歳相応に見える。こうなったらとことん構いたくなるのが名前ちゃん心というものである。
撫でるついでに頬っぺをぷにぷにしてみたら、さすがにそれは嫌らしく手を払いのけられた。
「あのさあ、名前って放っておいたらとことん付け上がるよね」
「なんのなんの。撫でるくらい軽いもんですよ?なんなら香燐ちゃんもまとめてぎゅーしちゃいましょうか」
「「絶対いやだ!」」
見事に声を揃えた2人は、互いにぐぬぬ…と睨み合う。試しに「来いよ!」とばかりに両腕を広げてみせれば2人とも逃げようとするが、逃げられると追いたくなるのが人心というもの。抱きしめは出来なくても、右と左の掌で2人の頭をわしゃわしゃ〜っと撫でる。
ちょっとくらい堪能出来るかなと思ったけれど、すぐに2人から同時にどつかれて、わしゃわしゃタイムは終了となった。
「名前、なんかテンション高くねーか?」
「あー、確かにちょっとハイになってるかもデスね。色々と、これからの展望が開けてきたというか。なんとか先が見えてきたというか。だからウキウキをお裾分けしようかと思いまして」
「「いらねー」」
「えー!名前ちゃんの愛なのに!有難く受け取って下さいよ」
「名前の愛はさー、雑なんだよねー色々と」
「あははは!まあ、愛も迷惑も、分け隔てなく注いじゃうのが名前ちゃんデスからねー。ご所望ならばどっちもサービスしときますよ?」
にやりと笑ってみせれば、香燐ちゃんと水月くんはやはり同時に、深く深くため息をついたのだった。
(やっぱりきみたち仲良くないです?すぐハモるし)
((仲良くない!))
(同族嫌悪ですかね……)
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